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入り口の看板と小倉家
私の家内の実家は農業を営んでいてそこへは都会からさまざまな人がお百姓をやりに訪れます。
最初は眺めているだけの私でしたが、ひょんなことからお手伝いをすることになりました。小倉家で百姓学校を始めた経緯と私の活動レポートです。

食に関する問題が世間を騒がせています。毎日必要な「食べる」という習慣の中で安心安全な食材を求め、旬のものを素材を生かしておいしく楽しく食べることは身体の健康、心の健康の源です。ウィークエンド百姓学校は自然循環農法を学び、化学肥料をほとんど使わず、太陽と土また水などの自然の力を大きく引き出すやり方を学びます。
百姓学校体験記
私の1/100姓レポート
2000年から参加した私の体験レポートです。
2004年01月〜
2003年01月〜
2002年01月〜
2001年04月〜
賑やかな小倉家
小倉家へはさまざまな人が集まります。
小倉家の一員
小倉さんの娘と結婚した私は・・・
希望の村の建設
広大な敷地を生かしたボランティア事業
百姓学校の開校
いつしか畑に色々な人たちがやって来た
私もお手伝いを
サポート要員としてお手伝いを始めました。
百姓学校・初登校
小倉畑vsスーパー野菜、究極の食べ比べ
 いつも賑やかな小倉家は・・・
私の家内の実家は瑞浪市の北部にあたる日吉町深沢です。
近くには旧中山道・細久手の宿場があり、春から秋にかけては多くのハイカーが訪れるのどかな所です。
現在、家内の両親は畑と田んぼと畜産を行って生計を立てています。
父の農業は専業ということもあり自然に合わせた「土と太陽の匂い」がする「自然循環農法」を行っています。
畜産で出た堆肥を使い肥えた土壌のお陰で野菜も米も毎年多くの収量を上げています。そこでは都会から来た人たちに農業を教えています。
 小倉家の一員となった私・・・

1982年に家内と知り合い、2年後の84年にめでたく結婚し私もこの「家」の婿となりました。
婿として家内の実家へ行った時には季節ごとに採れる新鮮な野菜やお米、自然に生える竹の子やわらび、山芋等々の恩恵にあずかれ、改めて自然の偉大さと食物への感謝の気持ちがいっぱいになりました。
深沢を訪れた日の父との晩酌では作物の作り方や出来具合から始まって、やがては日本の農業の将来像を語るまでに及ぶような様々な話しをします。

但しこの長い付き合いの割には私が父の農業を手伝う機会はありませんでした。サラリーマン家庭で育ったためお百姓仕事に関する知識が無く、何をどのように手伝って良いのかがさっぱり判りませんでした。

また致命的な障害として、あの「足」の無い爬虫類が大の苦手ということもありました。意気地なしと思われてもしょうがないですがこれが現実なんです。
でも父や母はこんな私でも本当の息子のように接してくれることに大変感謝しております。
 希望の村の建設
そんな父の望みは広い自分の屋敷や敷地を大いに活用し活気のある「家づくり」を目指すものでした。
私や義兄が大々的に農業をやっても良し、人に寄ってもらいサークル活動をするも良し、空いた所をキャンプ場にしよいか等、何かこの土地を生かしてくれということをよく言われました。今のところ私の「並(?)」の頭ではなかなか「これは!」と思うような生かし方はひらめいて来ませんでした。しかし、父の頭の中には着々と色々な構想が積み上がっていたんです。
この家の婿となって数年が経った頃、同じ地区で不要となった古いわらぶき屋根の家の部材を貰い受けて自分の敷地に建てるという話が持ち上がりました。
幸い父は石工や大工の心得もあり、基礎工事から棟上、内装まで一通りできます。とは言ってもコツコツと作るわけですから着工からほぼ2年ほどかかったように思います。
この新しく出来たわらぶき屋根の家は福祉団体とタイアップして福祉施設「希望の村」として使われる事になりました。

「希望の村」は身体に障害を持つ人たちの交流や研修を行なったり、介護をする家族の人たちの「癒し」の場所として利用することが目的です。父はその「希望の村」の村長に就任したんです。
希望の村の建設にかかった頃は80年代後半からのバブル好景気により各地には豪華なリゾート地が多く出来たり道路網が整備される時期でした。
世の中絶好調な時期ににもかかわらず何の変哲も無い「普通の田舎」に人を寄せることができるのかなというのが率直な感想でした。
しかし何も無いことが返って好評なようで、開村当初から「癒し」や「田舎」を求める人々が多く訪れてくれました。訪れた人たちを見て共通することは、どの人も実にノビノビしていることです。

敷地が広い事もあり多少騒いでもそれほど迷惑にはなりません。多少の傾斜はありますがちょっとした散歩もゆっくりできます。訪れた人はどのように時間を使っても何の制限制約は無くまったく自由です。
私たち家族も仲間たちとバーベキューパーティーをしたり、地域の子供会のキャンプなどに利用します。
「希望の村」には本当に何もありません。あるのは住めるように作られた家と周りの自然のみです。
普段の生活で疲れた体や頭脳を自然に向かってさらして自由気ままに過ごしたり、思いや悩みがあれば吐き出してみる、解決の手助けはこの地の自然が導いてくれ、思いや悩みはここの住人やここを訪れる人たちが聞いてくれることでしょう。
そんな中から自分なりの答えを見つけて普段の生活に「おみやげ」として持って行く所、そんな気がします。
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 ウィークエンド百姓学校の開校

希望の村が完成し色々な人々が訪れるようになって数年が経った頃、実家を訪ねると我が家の畑で作業をする人をよく見かけるようになりました。
父は今度「百姓学校」を開校したんです。広い敷地に広い田畑、自分たちが食べるだけにしては広すぎる環境を利用する手立てがまたひとつ生まれました。
これがまた色々な人々がいらっしゃいます。社長さん、学校の先生、サラリーマン、自営業等々、お百姓をやってみたい人々の数は数十名にも及びます。入校の動機もさまざまで、第二の人生のライフワークにされる人、食べることを追求して農業に行き着いた人、とにかく農業をやってみたい人、たまたま付いてきて入っちゃた人、さまざまです。
ここで父は土作り、植付け、収穫について指導をしています。生徒の皆さんの多くは県外の方が多く、遠くは静岡県からみえる方もあります。私の第一印象としては「まあこんな遠くまで来て畑仕事!?」というものでした。
でも生徒の皆さんの様子は単なるカルチャースクールのようなものではなく、自分たちで計画を立てて実施し、結果を分析し父からアドバイスを受けるという本格的なものでした。従って畑が用意され、どうぞお使いくださいというようなものではなく、畑として使える土地の「開墾、土作り」からのスタートでした。

百姓学校の基本はつぎのようなものです。
●1ヶ月に1回、年12回、1年目で野菜作り、2年目で米作り、3年目で自給農ができることをめざす。
●化学肥料や農薬を殆ど使わず自然の力を引き出す農法をマスターする。
●グループ運営・活動を基本とし、個人やグループで方針を立てて実施し適宜アドバイスを受ける。


 私もお手伝いをはじめることに・・・

希望の村や百姓学校、畜産や農作業と何かと行事や人の往来の多い小倉家ですが父や母も年を取り体の故障個所がありました。
そんな時、同時期に二人が入院をするという事態が発生しました。
予定していた入院でしたが同時期というのは予定外でした。
農閑期でしたが畜産をしているので牛の世話をしなくてはなりません。幸い家内がその心得を判っていたことと近くに住む親戚の支援もあり両親が退院してくるまでの間は何とか世話ができました。
両親の入院中のある日、百姓学校の取組みとして野菜を出荷する話が舞い込んで来ました。
事前に両親の方へは話が通っていましたが、その実施方針を決める時期に2人とも入院してしまったので私たち夫婦に百姓学校へのサポート要員としての参加要請が来ました。
私自身も健康とか食べ物に関して色々と考えをめぐらせ始めたことやこの家の一員として何か役に立てるチャンスではと思い協力することを決意しました。

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 ウィークエンド百姓学校・初登校は、小倉式農法野菜 vs スーパー野菜の食べ比べ

両親が入院中に行われたウィークエンド百姓学校への参加が私にとっての初登校でした。
メンバーの方々とは事前準備で何回かお会いしましたし、当然実家を訪れた時にお見かけする顔ばかりだったの気分的にも楽な「デビュー」となりました。
この時のテーマは試験出荷に先立って「小倉式農法野菜 VS スーパー野菜」のベジータバトル(食べ比べ会)です。
今回のイベントは留守中の父に変わってなんと急きょ私の家内が進行役でした。


材料の準備 無農薬野菜のおいしさを実証する食べ比べ会、冬ということもあり限られた食材でのバトルとなり、メニューを考えることも大変でした。
ベジータバトルは生食と調理したもので行われ、それぞれ素性を明かさずに食べ、食べた人ごとに無農薬野菜かスーパー野菜かを答えてもらう方法で行いました。
用意した食材はニンジン、ジャガ芋、ホウレン草、ねぎ、さと芋。
これを生食比較でニンジン、ホウレン草、ねぎ。調理比較でニンジンの天ぷら、ジャガ芋とニンジンで肉じゃが、さと芋とねぎとニンジンで味噌汁が用意されました。



それぞれ同じ素材や料理を順次食べ比べ、挙手で無農薬かスーパーかを判定していきました。
やはり「おいしさ」の面では無農薬がダントツに勝利を得ました。
しかし食材によっては人ぞれぞれが感じるおいしさの基準が色々あるということが判りました。そのひとつの例がニンジンでした。百姓学校の土壌で育てたニンジンは色も鮮やかで甘味もあり柔らかく出来ていますがどうもニンジンらしくないという意見もありました。
ねぎについても見た目の姿かたちはスーパーのものの方が「葱らしさ」があるというような意見も出ました。


野菜のかき揚げ作り
食べ比べのようす
無農薬の優勢は実証されましたが実に素朴な意見も出ておいしさの奥深さがよく現れたものとなりました。
スーパー野菜と言えば普段よく口にする馴染みのあるもので、決して「まずい」訳はありませんが、同規格で大量供給という使命を背負っているその生い立ちはやはり自然をうまく利用した人工的製品に思えます。
「味のうまさ」だけではなく、作る環境、本当の姿、本当の味、本物のうまさをもっと多くの人に伝えなくてはいけないのではないかと感じました。


はじめての実践は耕運機の使い方と新しく作物を育てる畑を耕すことでした。
ちょっと風はきつかったですが春にはめずらしく雲のない快晴の日でした。私が初めて行った記念すべき百姓学校のレッスン1は耕運機による畑の土起しでした。
耕運機を見たことはありますが、使うのはまったく初めて。
先に作業を始めていた先輩メンバーの動きをじっくり見させて頂き、その後操作方法をご伝授願いました。

耕運機の操作風景
新しく耕す畑 使ってみるとこれが結構おもしろい。まあ車の運転ができるんですから車両感覚はそれなりにできました。しかし、狭い場所での転回はけっこう大変。どうも力まかせにグル〜って感じ。
本当はもっと楽に出来るコツがあるんだろうな?
それと、充分起したように感じがでしたが、別の場所にある[お手本」に耕された所とは大違いでした。
校長先生であるお義父さん、こんなんですがどうでしょう? 
翌日は手のひら、腕、肩の痛みで苦しむ私でした。

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