|
Special
After
the rain
〜イギリス うじうじ修行旅

Path of
Thames (Richmond)
今回の旅で一番気に入っている写真がこれ。私の見た限りのイギリスの全体的な印象に一番近いように思う。
ロンドンじゃないようでロンドンの郊外、リッチモンドで、テムズ川の上流をえんえんと歩きながら撮ったもの。
一見田舎、でもヒースロー空港が近いので、ひっきりなしに国際線が頭上を通りすぎる。
このあと、空は見事に晴れわたる。
本当は行きたくなかった
海外経験のないことがずっとコンプレックスでした。
洋楽より日本人の音楽がよくわかるし、語学の先生以外では、外国人と、話したことすら皆無。
これ、私の「ワセダ・コンプレックス」と少なからず関係性がありました。
見合わない大学に来てしまったという気持ちと、見合うも見合わないもそんなこと気にするなという気持ち、
まわりはみんな私より勉強ができて、受験英語主体とはいえ、ずっと語学ができる。
海外に憧れたり、その文化にかぶれたりする友達、実際に海を渡ったり、渡ったことのある友達。
でも実は、私にとって外国は、得体が知れなくて、気持ち悪くて、別に知りたいことでもなかったのです。
私は外を見ないまでも、日本が大好きだったのです。
外国人はおろか、外国に憧れる友達や交流を持っている友達の気すら知れなかったのです。
そして私は、冒険より、身近から固めていくことをよしとしてきました。
だいいち私は東京に慣れなくてはならない。親に迷惑かけずに自立しなければならない。
大学4年間は東京でのひとりぐらしを固めるのみに費やし、そのまま忙しい社会人になってしまい、
さらに「半径数メートルの小さな幸せ」を追求したがゆえのカフェ好きとなれば、
いっぱしの社会人として自立して、時々国内旅行でカフェに行って、というので、もう、十分だったんです。
ただでさえ他人の海外旅行記なんて面白いものではありません。
さらに言えば、私が書くことは、もうすでに海外経験がいくつかある人にとっては、小学生以下の感想にしか思えないでしょう。
でも、その小学生からやり直さなきゃ、へんな開き直りの大人になってしまうかもしれない、と、
退社をきっかけに、ホームステイの資料などを集め出しました。
修行せねば。
結局、予算的なことから、それは10日間の一人旅に落ち着きましたけど、
正直に言いましょう。私は外国の一人旅なんて、不安ばかりで楽しみなんてひとつもなかった。
無理して行ったんです。
大人版・はじめてのおつかい 英国編
自ら課した成長課題の舞台としてイギリスを選んだのは、英語圏の中で、消去法です。
とはいえ、イギリスは私が唯一かつて行ったことのある外国でした。
12年前、中3の夏休み。音楽雑誌の企画で、書いた作文が選ばれて、そのご褒美として行かせていただいたロンドン旅行は、
そういった背景もあって、それはもう、晴れがましいものでした。
同行者は、同時に選ばれた東京在住の2才年上の女の子と、その雑誌の編集者。現地ではコーディネーター兼通訳として、著名な音楽ライターが引率。泊まるのはハイドパークの向いの4つ星ホテル。
8月のロンドン。よくないはずがありません。美しい建物、美しい公園。
時差ぼけと食べ物には悩まされましたけど、
飛行機も乗ったこともないのに、国内の地下鉄も乗ったことがないのに、いきなりロンドンですよ。
自意識過剰ピーク14才の私は、そこで英語ではなく東京言葉を覚え、自分もこーゆー業界に入るのだという変にかたくなな目標と持ってこの先を過ごすことになりました。
13th,JAN,2003 (MON)
|
ロンドン繁華街のどまん中、ピカデリー・サーカスのに立つエロス像。12年前訪れたときはちょうど工事中で見られなかった。最初に泊まったホテルも、日本人向けの総合センター「JAPAN
CENTER」も、この近く。
このとおり、大韓航空の機内食は、旨かった。ああ、旨かった。私の環境に同情したスッチ−、耳栓をくれた。青い目の餓鬼どもは、野菜だけきれいに残していた。だからそう育つんだよ!
|
|
こんなはずじゃなかった。
その街並みに一目でふたたび心奪われるものと思っていたけど、
ピカデリー・サーカスのどまん中にある、建物は壮麗、でもその内実は無味乾燥な安ホテルに、
チェックインして、住所を書いている真っ最中、大きな動悸が起こった。
大きなパニック発作から1ヶ月、発作というほどではなかったけれど、これほど大きな動悸はひさしぶりだった。
そもそも、機内から不吉だった。
ソウルで乗り継いだ大韓航空。日本人のスチュワーデスもいるし、機内食も美味しく、いたって快適なのだが、
(見事に)私のとなりの席からヒコーキの後ろの後ろまで、イギリスへの帰途についていると思われる、ハイスクールの団体客らしき男女が、ぎっしりいたのだ。
修学旅行の往路のバスの中のはしゃぎっぷりを想像してほしい。恐ろしいことに、こいつらは復路だというのに、14時間休むことなく騒ぎ続けた。
私が最初に仕方なくガイジンに向けて言い放った言葉は、「Be
quiet,please.」。一応プリーズはつけたが明らかに怒鳴っていた。
一瞬は「Sorry.」と言ってしずまるものの、1分もたない。
注意しない引率者。近くの席の男の子がパナソニックのCDプレーヤーで音楽を聴いているので、何だろうとのぞいてみたら、ボン・ジョヴィ、ニルヴァーナ、レッチリ。
汚く食い散らかす機内食。それなのにとなりの席の高校生カップルは濃厚なキスをしている。
すでにイギリスが嫌いになりそうだった。
幸い、窓際だったので、救いは外の景色だった。
飛行機からの景色を見るたび、これは本当は人間の見てはいけない景色ではないかなあと罪の意識を覚える。
果てしなく広がる黄色いゴビ砂漠。
真っ白な中に川がうねるシベリア。
そのあまりの広さに、人の住むエリアの狭さを改めて感じる。
最近なにかと話題のサンクトペテルブルグは、あれほどの上空から見ても均整のとれた美しい街だった。
|
機内までアジア。ヒースローからいきなり西洋。
そして、入国審査で少々ひっかかった。不法就労者を取り締まるために、イギリスの入国審査は厳しめと言われる。
インド人っぽい女性審査官は、あきらかに英語の理解できない私に、ちっともゆっくり喋ってくれようとはしなかった。怒るような口調。
だって、成田の入国審査だったら、たぶんスタッフは西洋人に英語喋ってあげるはずよね? まあ、このことはこの先言い出したらきりがないんだけど。
ようやく、26才無職の私に、前いた会社名と、そこでの職業を問うているのだとわかった。
会社名と、"I was editor of
magazine."と言った瞬間に、あら、見直したわ、とでも言わんばかりにゲートがすっとあいた。
この入国審査だけは、これからもあまり出くわしたくない。
コンセプトは貧乏旅行である。当然ホテルまでは地下鉄だ。最初の3泊だけは予約してある。
どきどきしながらピカデリー線に乗る。
幸い、東京に8年住んだおかげで、路線図さえあればどこでもいけるような気持ちになる。
都会に慣れているというのは、かなり有利かもしれない。そうだ。私はロンドンより大きな都会から来たのだ。
しかも私鉄やJRが複雑にからむ東京よりは、ずっと簡単。電車は東京と同じように色分けされ、「ピカデリー線=青線」なのだった。
まず、背中にしょっていたリュックを半分はずし、財布をポケットに入れ、常に触る。
パスポートはクビからパスケースを下げていて、つねにおなかで確認している。
今回の荷物は、小さめのキャリーバッグの上にエルベの大きめトート。そして持ち歩き用のリュック。
単にスーツケースを持っていないだけ。だが、機内にあれこれ持ち込まなければ気がすまない心配性には、荷物3つ分けは、なかなか勝手がよかった。
あれ、昔来たときより、ずいぶんロンドンの人はあかぬけたな。
女の人は、服装に色が少ない。東京よりずっとシックだ。
イギリス男というと、ひょろんとしたうらなりくんを思い描いていたのだけど、みんなおしゃれでかっこいい。
携帯も好きみたいだ。NOKIAのデカいのを持って、車内でも平気で喋っている。さすがにメールはやってない。
皆カバーをつけずに本を読んでいる。もしくは新聞。
車両のすみには荷物置きのスペースがあり、大きな荷物のある人は、そこにポンと置いて、
あれ? そんな離れて座って大丈夫? 案外不用心だな。
このときはまだ気づく余裕もなかった。地下鉄の初乗りが1.6ポンド(320円)すなわち、東京の倍であるということに。
--つづきを読む--
▲一番上へ
Specialメニューへ
|