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Special

まくらもとの波、食べるとはたらく 2007年5月 沖縄
なきじん海辺の自然学校
いつも海があった
私が生まれ育ったのは日本海のはなっぱしで、
自転車で10分も走れば海があった。
見渡す限りの砂浜にもかかわらず、急に深くなり波が荒いため、遊泳は禁止。
犬の散歩にしか使われない海はあまりにも近くにあった。
流れ着くハングルのボトルが海の狭さを伝えていた。
ありふれてつまらない海だった。
さっき沖縄から帰ってきた。
しばらく電車のごう音に耐えられず、
いつもならわざわざ通るサンモールを避けて歩く。
なるべく静かなほうへ。
なるべく風の吹くほうへ。
なるべく夕日の見えるほうへ。
窓を開け放してためらう。
1階一人暮らしでは窓に鍵をかけつづけなくてはならないのか。
カヤックでマングローブの森に出た日は大潮だった。
子どもの頃からよく思うのは、
自分が部屋で眠っているあいだにも、
すぐそこの海は真っ黒な闇の中で、
誰にも見られずひたすら波を打ち続けているということ。
おそらく今夜も私のまくらもとには、今帰仁の海が打ち付けている。
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忙しいのは、いいのだ
読谷村「日月」(hizuki)
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「日月」を訪れた日はどしゃぶりだった。
女主人のよなはらさんは忙しそうだった。
ガラスを吹いて、お客さんの相手をして、
梱包して、雑談して、
犬の相手もして、道案内をして、
お母さん業もやる。
「海辺の宿ちゃんや〜」の喜屋武(きゃん)さんも忙しそうだった。
1日ひと組だけの宿だが、そりゃたくさんいたらやってられない。
お客さんにアセロラジュースを出し、宿の説明をし、
蚊取り線香をつけ、
琉球の衣装を着せてカメラ係、 三線を教え、
夕飯の用意をする。
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旅のあとのだるい足をかかえて、
ゆうべ洗ったスカートに、小人がアイロンかけてくれないかなあ、と思う。
水着片付けてくれないかなあ。
買い物行ってくれないかなあ。
島らっきょ実家に送ってくれないかなあ。
と、思う。小人よ。
いや、忙しいのはいいのだ。べつに。
ようは環境。
お弁当を食べる16階の窓からひろがる、千代田区の風景を見ながら思う。
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