2001年〜2011年コラム
宇治のど真ん中にあったスーパーNが倒産したのは今年3月。今般その跡地を数億円で落札したのは通販で好調な隣町U製茶場さんでした。抹茶スイーツで有名なI本店は土日になると来店の車が道路に溢れて列ぶ景気の良さ。同じく駅前のN本店は、暖簾バックに記念写真を撮るギャル客でいっぱい。宇治一番の老舗K本店はペットボトル綾鷹がヒットして絶好調です。
世間の景気が震災の影響で低迷する中、宇治市内で元気なのはお茶屋さんと市職員だけだとは、市民のもっぱらの噂です。しかしちょっと待ってほしい。茶屋は本業の茶葉が売れて儲けているのではありません。観光立地に恵まれた店を除き、大多数の地元茶業者は売り上げ不振で喘いでいるのです。
ペットボトルの台頭や、原発風評被害で、全国茶業界のドンブリが縮んでしまいました。茶関連部門で糊口をしのぐというのが現状ですが、それがいつまでも続くとは思えません。真面目に真摯な茶づくりを続けることが今一番だと思っています。
ひと昔前まで茶問屋には燃えやすいモノが溢れていました。覆い下園に使う、竹やよしずに藁、燃料の薪や炭に石炭(コークス)、保管用の茶箱や茶袋、そして何よりも燃えやすいのは商品の茶でした。いったん火事になると大火事になる危険性と隣り合わせだったのです。
近世宇治の二大火災といわれる寛文と元禄の大火は宇治の街を焼き尽くし、これが原因となって茶師は衰退していきました。先人たちは経験的に火の怖さを知り、防火の重要性を伝えてきました。それは現在の消防団活動へと繋がり、多くの茶業青年が団員として防火防災に務めています。
私もごく当たり前のように入団し、以来30年あまり。最後は団長まで勤めさせていただきました。その功績が認められ、秋の叙勲で勲章を頂戴し、夫婦ではじめて皇居へ参内、皇太子殿下からお言葉を賜って参りました。火災は生命財産だけでなく思い出まで奪ってしまいます。茶は燃えると消しにくいことをわすれずどうか火の用心に努めてください。
2011.11月更新
吉永小百合さまを女神さまと思っている中高年は多いはず。齢を重ねてなお美貌衰えず年々上品さを増していくさまは女性のかくあるべきという見本でしょう。では女性が一番美しい年代は?という問いかけに、一杯飲みながら「女四十は花盛り」という結論になりました。子育てが一段落し、培った教養が花咲く分かれ目なのかも知れません。
さて、女がつく言葉を見ると、さまざまに変化していくことに気付きます。少女は成長して女性となり、やがて熟女から淑女と呼ばれ、老いて老女となっても「きれいなお婆さん」と愛されたい。男にはこんな言葉の変化はなく、せいぜい男性が中年となり紳士、老人で一生が終わりです。
また、女の付く漢字を並べてみると、娘は嫁して妻となり、亭主の鼻につくようになると嬶(かかあ)と呼ばれ、姑となっては嫌われる。顔の皺が波打つとお婆さん。こんな悪口を言わせないよう、小百合さまのように凛とした姿勢を保ちましょう。抹茶を飲む先生方はいつまでも美しい。これは事実です。
2011.11月更新
かつて英国モデルのツィッギーが来日したときから、日本の女性たちは痩せている方が美しいと思うようになりました。しかし今はふっくらとした女性が好まれ、森三中などの太った女性タレントが「私の体重は0.1トン」などと笑いを取る時代になりました。
肥満は万病の元。家庭医からこう注意をされながら私の腹囲は秋の健康診断でとうとう「トップで1.0メートル」単位がセンチからメートルに変わってしまいました。これ以上のメタボの防止のため、次の3つの「あ」を控える厳しい指導を受けました。@アルコールA油っこい食事B甘い物です。私は酒をあまり飲みませんが、焼酎に羊羹が好きという取り合わせが良くありません。
さらに成人病予防のため3つの「た」を減らすことが大切であると…。それは、@たばこA炭水化物Bタンパク質(動物性)です。私は餅と麺類が好き。何もかもが美味しいこの季節ですが、馬肥ゆる秋はやはり適度な運動と朝昼晩の緑茶を欠かさないことが大切でしょう。
2011.10月更新
居酒屋で一杯やっていると、正面の柱などに「一斗二升五合」と書いた札が貼ってあったりします。斗、升、合、勺、は酒や米などの容積を量る昔の単位ですが、今でも「熱燗二合!」で通じるし、一升瓶や一斗缶という単位の容器も生活の中に生き残っています。しかし札に書かれている意味が分かるお客様はもはや60歳以上の年代に限られるでしょう。
さて、この意味ですが、一斗は五升の倍だから「ご商売」。二升は一升升で二杯だから「ますます」五合は一升の半分だから「繁盛」。つまり「ご商売益々繁盛!」という縁起担ぎの文言なのです。酒や米を量ることから飲食店が繁盛を願った訳ですが、昔の人は面白い言葉遊びを楽しんだものです。
今般鎮守社の秋祭りで宮係が当たり、わが家で御膳のもちつきをすることになりました。一斗のもち米を清め、八升の餅と二升のおこわを神前に奉納する。古いしきたりの中にはまだ尺貫法が生きていることに驚きました。「二升五合」とだけ書いて、商売繁盛というのもあります。
2011.10月更新
茶業が産業統計上「たばこ等製造業」に分類されているように、茶は食品の扱いではありません。しかし缶詰茶を作る時は「缶詰等食品製造業届」が必要で、ここで保健所からさまざまな指導と営業許可を受けることになります。
先日大手同業者の工場を見学させていただく機会があり、社員の方全員が「茶は食品である」という認識をしっかり持っておられることに感じ入りました。彼我の違いには驚くばかりでしたが、小社がまず見習うべき点は@衛生清潔、A作業規律、B何事も自然体の3点だと思います。
「他社を訪れたらトイレと裏口を見よ」と言われますが、構内はゴミひとつなく、清潔で特筆すべきは爽やかな無臭。たばこ臭や諸々の生活臭を全く感じません。そして規律は会社経営の基本。社員誰もが作業服を正しく着用し信頼感を与えます。来店者には等しく「出迎え三歩、見送り七歩」の心掛け。この自然体の対応こそ、長年積み重ねられてきた「お店の徳」ではないでしょうか?
2011.9月更新
競争相手のことを「ライバル」と言いますが、その語源となったのはラテン語の「小川(rivus)ライバス」です。天声人語氏によれば、もとは「川の水をめぐって争うもの」の意味だそうで、欧州でもどこでも農業にとっていかに水が大切だったかの証しでしょう。
雨は適度に降れば恵みの雨ですが、近年のゲリラ豪雨は異常というほかありません。先日宇治市で時間110oの雨が降り、今夏積算雨量は平年を上回る結果となりました。しかしカラカラに乾いていた時期もあってこの状況は来年の新茶にとって決して好ましいことではありません。
日本の雨量は世界平均の倍だとか。ただしその多くが梅雨や台風、そしてゲリラ豪雨でもたらされ、いわば水害と背中合わせです。健暦元年に大雨の被害が相次いだ時、鎌倉幕府の将軍源実朝が詠んだ一首…「時により過ぐれば民の嘆きなり八大龍王雨やめたまへ」(天声人語欄)。八大龍王とは水屋雨をつかさどる神。雨が降らなくても降りすぎても神頼みです。
2011.9月更新
京都府茶協同組合が地域団体商標「宇治茶」を取得したのは平成18年4月。以来組合員以外が扱う粗悪な宇治茶のいっそうに大きな効果がありました。そして近い将来同じ漢字圏である中国へ進出した時のために京茶協では昨年4月、中国商標局に「宇治茶」の商標登録を申請しました。
この際に調べてみると、宇治茶に関する商標として「宇治」「宇治抹茶」宇治露」がすでに登録済であることが分かりました。かの国では実際使用している訳ではないのに、とりあえず登録だけしておこうと個人が申請する例が多く見られます。やがて本物が中国に進出した時に権利を主張しようというのでしょうか?
全てお金が優先の世界。儲けるとは「信じる者」と当てて漢字を作ったのはどの国だったのでしょう。中国「宇治茶」はまだ登録には至っていませんが、私は小社の商標管理者として、たぶん一筋縄ではいかないだろうという感じがします。貴社の屋号やロゴマーク、茶銘など守るべき商標は回りに満ちています。
2011.8月更新
どこのマチにも”貧乏神”が住んでいそうな一角があるものです。わが町の一等地、交差点の角地は難の商売をやってもうまくいきません。食堂、ゲームセンター、パチンコ店、信用金庫などが開店閉店を繰り返し、今は2代目コイン駐車場です。パチンコ店ですら潰れたり、信金が移転したり、この場所には”疫病神”も居候しているのでしょうか。
人通りの多い表通りに比べると、裏通りや横丁は商売に不利です。立地の悪さを工夫と努力で補いながら店主の一生懸命さがやがて表通りの同業者を凌ぐことになります。商売には不利な点がある方が良い。条件が全て整っていると油断が生まれやすい。これが「裏通りの論理」です。
京都駅のコンコースの宝くじ売場が一等場所から少し奥へ移動しました。聞くところによると目立たないのでかえって売上が増えたとか。これは質屋と同じ感覚です。あるいは、先斗町の路地裏にあるフランス料理。大人の隠れ家を見つける意外性が京都でも人気です。裏通り頑張れ!
2011.8月更新
不正な発色着味茶はイオンクロマト分析器の普及で、駆逐されましたが、この分析器の発売元である島津製作所が実は日本ではじめてマネキン人形を作ったことは、地元京都でも知っている人は少ないでしょう。大正14年島津良蔵が島津マネキン社を創立したのが始まりでした。
マネキンとはフランス語で衣装店の人体模型を意味し、正しい発音は「マヌカン」。しかしマヌカンでは「招かん」に通じ縁起が悪いと島津は考え「招き来る」あるいは「招金」にかけて「マネキン」と命名したといわれています。この事業を受け継いだ吉忠マネキン社が、今や業界トップになりました。
さて小社は些細ながら世界へ茶を送っていますが、原発事故以来相手国の輸入手続きが難しくなりました。中でもマネキン人形のフランスが一番厳しい。世界一の原発先進国なのになぜ正しい理解ができないのか不思議ですが、逆に原発事故の怖さを最もよく分かっているからかも知れません。まもなく被災地に悲しい初盆がやってきます。
2011.7月更新
家庭菜園でジャガイモを収穫し、その後にサツマイモを植えるという無茶なことをしたら、さすがに翌年はいやじ(忌地・厭地)してしまいました。同じ畑で同じものを作り続けると作物の育ちが悪くなる、いわゆる「連作障害」はウリ科、ナス科などの作物で起こりやすいとされています。
この原因として、その作物だけを好む病害虫が発生しやすいこと、また同じ養分だけが吸収され土の栄養分が偏ってしまうことがあげられます。ところが稲には連作障害が起きません。それは水田に水を出し入れすることによって病害虫の増加が抑えられ、また土中の微生物の働きによって毒素が分解されること。何より水が運んでくる養分の恩恵が大きいと言えます。
東日本の米どころが津波で塩害を受けました。回復のため水田に水を入れ、水と土とを繰り返し攪拌することで一定の改善が可能です。しかし放射性物質はどうすることもできず、まさに農業にとっては致命的な「いやじ」です。
2011.7月更新
唐代陸羽が著した「茶経」の書き出しは「茶は南方の嘉木なり」。このように茶は元来暖かい地方での生育に適し、日本の新茶全線も南から北上していきます。静岡の製茶最盛期を立春から数えて八十八夜とすれば、それより早い鹿児島は七十七夜、京都は遅くて九十九夜となるでしょうか。
少しでも早く新茶を売りたいのは茶店の性ですからもっと南方の沖縄での栽培も盛んになりました。ところが京都某大手のハウス茶園では今年も小雪舞う正月に茶が摘まれました。旬のものは、旬に味わってこそ美味しい。この新茶は明らかにスピード違反です。
今年は多くの茶店が新茶売り出しを控えたようです。ある産地で放射性物質が検出され消費者が新茶を敬遠したのが痛手でした。一方で茶店どうしが無意味なスピード競争を止め、本当に美味しい旬の新茶を販売しようとする姿勢は好ましいことです。原発事故が長引けば次の風評被害は米でしょう。ご飯とお茶は切り離せないだけに頭の痛いことです。
2011.7月更新
「蜂は蜜を数が花を枯らさない」という言葉があります。受粉を助けながら花を傷めないよう加減して蜜を吸うというのが本来の意味です。大草原の動物も一ヶ所の草を食い尽くしたりしません。ヌーの大群が命を掛けて大移動するのは来年の草が育つようにするため。自然との調和を本能が知っています。
ところで日光を遮蔽して栽培する覆下園は、茶樹に相当なストレスを掛けます。二番や三番まで摘むと木を弱めてしまうので、碾茶や玉露などの覆下茶は年一回だけ手で摘んで樹勢の回復を図ります。いわば「新芽を摘むが樹は枯らさない」という配慮が必要です。
まもなく茶摘みが終わると、覆下茶は樹高30センチくらいに刈り落とします。これを番刈りといい、ひと月もすると、二番芽が出てきます。これが成長して翌年新茶の母枝となる訳で母親が丈夫だと元気な子供が生まれます。今年新茶は減収。原発事故の風評被害でどことも販売不振ですが、自然が与えた生産調整かも知れません。
2011年6月更新
団塊世代が育ち盛りだった昭和30年代、最高の御馳走はすき焼きでした。具は鶏肉(かしわ)しかも家で飼っている鶏をつぶして食べるのです。その残酷さから命の尊さを、同時に生で肉を食べるリスクを学びました。山で獲れたイノシシや雑食性のブタにはさまざまな菌や寄生虫がついています。カモやキジもよく火を通して食べるよう、先人たちは教えてくれました。
寿司も生食です。生魚の中毒を防ぐため、酢飯を使う、ワサビをつける、生姜をかじる、そして渋い煎茶粉で茶を淹れる。こういう工夫がなされてきました。特に貝には貝毒があって、決して幼い子供たちに生で食べさせてはいけないし、生肉だって同じ事です。
ユッケの消費量(通産統計)を見ると日本は韓国の1.5倍。いつから我々はこんなに生肉を食べるようになったのでしょう。食生活は時代と共に変化しますが、食に潜む危険を忘れてはなりません。●当社の碾茶園では15日から茶摘みを始めました。やや減収見込みですが、品質の良い茶ができています。
2011.5月更新
「対鳳庵」 という宇治市営茶室があります。平等院鳳凰堂に対面するのがこの名の由来。手軽に日本の茶道文化に触れることができるというので、中国や韓国からの団体客で賑わっていますが、大震災以降は激減し、皮肉なことに本来の静けさを取り戻す結果になっています。
実はこの立礼席にあった「富士釜」と呼ばれる名物茶釜が4月に入り忽然と消えてしまったのです。職員と、茶道連盟はお互いが片付けたと思っていたところ、まさかの盗難。すると、近隣の茶店でも使用中の茶釜や鉄瓶、五徳などが次々と被害にあっていることがわかりました。
防犯ビデオには片言の日本語で「トイレをかして」 などと声を掛けて犯行に及ぶグループが映っていて、茶業組合から注意書が送られてきました。地元ローカル紙によると、東南アジア地域では富裕層が増えたのを背景に茶道がブームになっており、高く売れる茶道具に目をつけたのではないかと…。鉄くずでも骨董でもない、実用品を狙う泥棒にご用心を!
2011.5月更新
1854年の安政南海地震のときの話。津波の来襲を察知した庄屋の浜口梧陵は高台にあった大事な稲むら(積み重ねた稲の束)に火をつけました。これを消そうと村人たちが坂道を駆け上がったところへ大津波が襲い、間一髪で村民の多くを助けることができました。これが有名な「稲むらの火」の故事です。
1896年6月三陸海岸を襲った明治三陸大津波で、22000人もの犠牲者が出ました。小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)はこの悲惨な状況を憂い、稲むらの逸話を英語本にして世界へ紹介。その中で地震後の津波への警戒と、早期避難の重要性を訴えたので、不朽の防災教材として今でも語り継がれています。
しかし今般の平成三陸大津波は、この教訓を生かすだけの余裕もない、想像を絶する大規模なものでした。当社も三陸地方にあるお取引先20数店と連絡が取れず、塗炭の苦しみの中におられることを思うと言葉もありません。先の再建を願うより、せめて今のご無事を祈るばかりです。
2011.4月更新
茶審査で出る茶殻は多い時季は毎日バケツ1杯。これを日乾しして溜めておき家庭菜園に鋤き込むと肥料にもなるし土壌改良にも役立ちます。精選工場の茶ホコリなどはお線香や蚊取り線香の増量材として売れることもあって、茶は塵埃まで有効利用できる、まさに環境に優しい商品といえます。
ところがドリンクメーカーにとっては大量に出る茶殻は腐敗しやすく困った産業廃棄物。大手の(株)伊藤園はこの茶殻を工業製品のリサイクル材料として活用することに成功し、先般環境大臣賞を受賞しました。産経新聞によると茶殻入り畳芯材が開発第一号で、続いて茶殻入り石膏ボードやコンクリート、段ボールや封筒などの製品が相次ぎ開発されているそうです。
茶殻には不溶性の窒素、リン酸、カリウムが残っており肥料として土に戻すのが一番です。しかし茶市場等で茶殻と吸い殻が一緒に捨てられているのを見ると、茶を愛する心は今ひとつかなと…。茶殻といえども「生かせば資源、捨てればゴミ」です。
2011.3月更新
本欄のヤママサ通信がご縁で招かれて水戸市の財団法人常陽藝文センターへ講演に行って参りました。抹茶の歴史や効能について2時間しっかり訴えてきました。ところで、水戸と言えば黄門さま。ストーリーがワンパターンなのに、あのテレビ番組が昔から好きです。
ドラマ「水戸黄門」の主題歌にこんな一節があります。「人生楽ありゃ苦もあるさ、くじけりゃ誰かが先に行く、後から来たのに追い越され、泣くのが嫌ならさあ歩け!」毎週聞き流しているとどうと言うことはありませんが、こうして文章で読むと随分過酷な内容だと思いませんか。人生という言葉を、商売に置き換えればまさに身につまされる思いです。
茨城県庁が郊外へ移転し、水戸駅前の西武が急に撤退、これこそ「商売楽ありゃ苦もあるさ」しかし水戸藩士の質実剛健な気質を受け継いで、皆さん我慢の経営を心掛けておられました。水戸では映画「桜田門外の変」が話題でしたが家内は彦根城内にある高校の卒業。複雑な思いが…。
2011.2月更新
「茶箱の中の宝物」こんなタイトルの本がありました。(2007年岩波書店、鶴田静著)。あらすじは行きつけのお茶屋さんで古い茶箱をもらってきた母親が、外側全体に端切れを貼り付けて衣装箱にした。娘の作者はそこに思い出の品をいっぱいに詰めた。茶箱の中は彼女の少女時代(昭和20年代)のタイムマシーンになった。こういう話です。
しっかりと作られた茶箱は茶を保管するという役目を終えても、その後家庭にもらわれて何十年もの間大事に使われました。我が社の現役茶箱には昭和40年代の焼き印があり、これだけ長持ちすれば箱の追加注文は漸減する一方でした。そしてとうとう昨年末地元の茶箱屋さんが廃業されてしまいました。
長年この業務用茶箱を取り次いできましたが、手持ち在庫限りとなりました。茶箕(ちゃみ)丸ボテ、角ボテについても作り手がなく、いずれも工業製品に順次代わっています。昭和の良き道具と思い出はこのようにして遠のいていきますが、利便性より急須で茶を飲む伝統文化だけは忘れてはなりません。
2011.1月更新
宇治という地名には古く「菟道(うぢ)」という字があてられていました。応神天皇の皇子「菟道稚郎子」が道に迷われたとき、一羽の兎が道案内をしたというのがその由来。菟道稚郎子は父応神天皇、兄仁徳天皇と共に世界遺産である「宇治上神社」に祀られています。同神社は鎌倉時代の創建とされ現存するわが国最古の神社建築です。
菟道は現在「とどう」という字で残っています。宇治菟道(うじとどう)郵便局の風景印は宇治上神社と跳ね兎がデザインされていて、今年の十二支にピッタリ。記念押印する人で局は年初から大賑わいですが、茶業界の不景気をぴょんと跳び越えたい思いでひと足早く印をもらってきました。
当園には「宇治上の昔」と「宇治上の白」という茶銘(登録商標)があり、これは菟道のいわれを銘に留めたものですが、前者は武者小路千家の御好銘です。「兎の登り坂」とは得意の分野で力を発揮する事をたとえたものです。真面目に専門分野の茶づくりに専念して参りますので、今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
2011.1月更新
若いときは1日が早く過ぎ1年は長く感じる。しかし齢を重ねると1日は遅く1年は早く経つように感じるといいます。これは商店街の盛衰にも似ていて、好景気だったときは忙しくて1日がすぐに過ぎました。やがて不景気で客足が遠のくと暇な1日は時間の経つのが遅く、それでいて気がつくともう歳末になっていたと言う状況です。
ペットボトル茶の台頭と急須離れ、経費削減と進物茶の不振、茶道人口とお道具の低迷などに、茶業界は有効な対応策が打ち出せないまま葛藤しています。5年前谷本陽蔵氏(大阪茶商理事長・当時)は月間「茶」にこう発表しました。「今の茶商は先祖の遺産で食っている」茶業者や、茶農家の不勉強は品質低下に繋がり「やがて茶を全く知らない連中に販路を奪われるだろう」と。
その通り。茶業界の先には青空ではなく、茶色い地面が見えます。しかし将来は厳しくとも信じる道を進むだけ。不器用でも真摯な茶づくりを続けることが大切と考えています。今年もご愛顧を賜り誠にありがとうございました。
2010.12月更新
煙草を止めて20年。よく止められましたねと言われるけれど、かつて禁煙を宣言すること三十数回、最長で3ヵ月最短では数時間。それなりに苦労を重ねてきました。禁煙が中断した最大の理由は海外みやげの煙草でした。珍しい煙草ですよといただくと、つい一服が元の木阿弥なってしまいました。
先日2度目のラオスへ行き、現地の煙草を買ってきました。愛煙家にとって一番のみやげは煙草だと経験からよく知っていたからですが、家内からは最高の皮肉になると叱られてしまいました。窓にガラスがないような建物でも現地では公の場所はすべて禁煙。その徹底ぶりは日本より進んでいました。
煙草の臭いはそれだけでもよいものではありません。まして煙草と加齢臭、煙草と汗の臭い、煙草と香水などが複合するとなおいけません。茶業青年団時代に茶香服の雄を競ったK君M君。M君は大の愛煙家で茶の審査と喫煙は関係ないと広言していましたが、還暦を迎えて早く禁煙しておけばよかったと、しみじみ感じているようです。
2010.12月更新
新茶売り出しの時、札幌のお取引先が茶の苗木を配られました。全部で200株以上を自ら鉢植えにされたのですが、北国のお客様の多くは苗木を見るのが初めて。一生懸命世話をされ、この秋に花を咲かせた株もあって、お客様との会話は尽きません。これから北海道の厳しい冬をどう乗り切るかが次の話題だそうです。
ところで、茶の経済的栽培の北限といわれるのは新潟県村上市の「村上茶」です。そこより北にある秋田県能代市の「桧山茶」は地元の自家用。さらに青森県黒石市薬師寺の茶は、茶園として栽培される北端ですが、もはや数株が残るだけと聞いています。これら北国産地に共通しているのは雪深いこと。適度な冠雪によって低温と寒風から茶樹が保護されるわけです。
茶樹が育つ北限は札幌周辺までというのが定説です。私は冬の北海道を知りませんが、おそらく露地栽培は難しいと思います。札幌の苗木が育つよう大きい目の植木鉢に植え替えて敷き藁などで根元を保温し5℃ぐらいの部屋に置いてはと提案しています。
2010.11月更新
週刊文春11月4日号の表紙はなんと「茶の花」。ちょうど今頃が開花時期なのでタイムリーな登場です。茶の花が一般雑誌の表紙を飾るのは私の記憶ではおそらくこれが初めてでしょう。築地のうおがし銘茶さんが資料を提供したと説明にあり、可憐な雰囲気がよく描けています。店頭での参考に是非一冊お求めになって見て下さい。
茶の花は地味でつい見過ごされがちですが、茶業者にとっては茶樹の健康状態をみるバロメーターです。つまり樹勢が悪いと花が多くなり、花が多いと翌年の作柄がよくないとされているからです。ところが今秋は花が少なく園相は良好です。夏の異常な暑さで一時は茶葉がやけてしまいましたが、ここへきて樹勢が回復し、すこぶる元気がよくなりました。
「南方の嘉木」である茶は、予想以上に暑さに強かったことと、加えて9月の十分な降水と秋肥が効いて現在の良い状態になりました。このまま推移すると来年の作柄はよく、需要期に茶が売れれば、茶農家の顔色もいっそう明るくなるのですが。
2010.11月更新
バブル景気の頃ですから今から20年以上も前のことになるでしょう。「詰め放題」は、茶業青年団の催事につきものの客寄せでした。一定の茶袋にお客様自ら玄米茶などを詰めてもらいます。そして元結か口金でこちを閉じることができればOK。中にどれだけ詰めても代金は同じです。
もう一つは「手量り」。例えば400cを手で量ってもらうのです。ピタリ当たれば代金は半額ですが、はずれれば正価です。ヒントに、同量茶袋を置いておくと、ワイワイと人が人を呼んで、煎茶や玉露もよく売れました。物産市や商店街の売り出しが減ってこんな買い物の楽しみや、賑わいも少なくなってしまいました。
(何も教えていない)若い社員に茶の詰め放題をさせたら、茶葉を鷲掴みにして最後は親指でぐいぐい押し込むのです。茶を傷めないようすくいながら均等に袋に入れ袋の胴をポンポン、底をトントンと叩きながら詰めていけば、茶袋の中の空気がうまく抜けて品質保持に効果的です。こんな当たり前のことを知っていれば、わが社員は詰め放題で損はしないでしょう。
2010.11月更新
知人の受章祝賀会幹事を引き受け、案内状を送るまでがひとまず大変でした。大勢の中から出席して欲しい人を絞り込んだのですが、最初に来た返事は欠席に○しただけの無愛想なもの。あの社長さんが、幹事一同苦笑してしまいました。同じ欠席でも祝賀の一言と非礼を詫びる添え書きがあると、その人物がよくわかります。
「手書きの文字から伝わるものは多い。ぬくもりであったり、人柄であったり、切迫した息づかいであったり…これが肉筆の魅力である」と読売新聞「編集手帳」にありました。ちょっとした文字の心遣いで、受け取る人はそれだけ嬉しくなるものです。
手書きのポップ広告はお客様の目を引きますが、価格や賞味期限などは活字の方が分かりやすい。それぞれを上手く使い分けると効果的です。このヤママサ通信はずっと手書きです。内容がもう一つの時や、二日酔いの時はそれが文字に現れます。パソコンでは伝わらない書き手の気持ちを、手書きの文字に込めることができます。
2010.10月更新
振り込め詐欺の大半が電話帳を悪用していると警察が発表しました。「ハローページ(個人名)」を見て詐欺に遭いやすい高齢女性を見分ける手口は共通しているらしい。「ヱ、枝、代」などの字が含まれる女性名を探せば、夫と死別するなどして一人暮らしの場合が多い、とは犯人の供述です。
電話帳には名前も住所も記載されているので、警察では被害を避けるためデータを削除するよう呼びかけています。携帯電話の普及で個人の加入電話は激減。それでも電話帳の発行部数はNTTによれば5000万部を超えています。むしろ携帯電話帳があれば便利なのですが、個人情報の問題でこれは難しい。
商売人にとって「タウンページ(職業別)」はいわばお店の名刺です。ここの広告を見て、茶を買いに来るお客様も多かったのですが、近年はどうも疑問符。電話帳の分冊化で調べにくくなり、代わってネット検索や意外とタウン誌が便利な情報源です。安易に電話帳に頼らず、効果的な広告媒体を探す必要があるかもしれません。
2010.10月更新
孫娘の成長を記録するために初めて一眼レフカメラを買いました。するとこの道の先輩が「たかが写真と言えどもその奥義は深い」と、早速私に講義をはじめたのです。同じカメラを持っていても何を撮るかはひとさまざま。自然の風景、鉄道、街角の表情など自分の好きな楽しみ方を先ず見つけることが大切だと。
そして、商売人である彼は、写真と商売には相通ずるものがあると言います。まず一つは「じゃまくさいと思ったらそこでお終い」一回のシャッターチャンスにかける努力を惜しまないことは、いくらじゃまくさくてもその積み重ねが商売につながっていくいくことと同じだというのです。
二つは「何もかも一度に習熟しようと欲張ってはいけない」ひとつのジャンルを追い続けることが、結局上達のコツだと教えてくれました。写楽趣味を通して、自分が本職に専念していく大切さを知ることができれば、そこに写真の奥義があるらしい。私がカメラを買った動機は、まもなく1歳になる孫娘のヌード撮影だったのに、話が思わぬ展開になってしまいました。
2010.9月更新
暦法で立秋の前18日を夏の土用、立冬の前を秋の土用、立春の前を冬の土用、立花の前18日を春の土用と言い、それぞれ初めの日を、土用の入りといいます。ふつう「土用」と言えば夏の土用を指し、一年で一番暑いのはこの頃です。この暑い土用の日々を英語でドッグデイズ、すなわち犬の日と呼びます。
犬は汗をかくことができません。体温を下げるには口を開け舌を出してハッハッと熱を放出せねばならないので、その様子を見ればこの英単語の成り立ちが容易に想像できるでしょう。わが柴犬も残暑の厳しさに耐えかね、お盆を過ぎたというのにいまだにドッグデイズの毎日です。
今夏の酷暑はペットボトル業者に幸いし、春先低温による不振を一挙に取り戻しましたが、一方われわれ茶葉業者にとって7月は極めて厳しい結果となりました。茶が売れるのは季節の移ろいがはっきりしていること。朝友サッと涼風が通りすぎるようになれば、いよいよ茶が美味しい需要期なのですが。秋風を待っているのはわが柴犬だけではありません。
2010.8月更新
NHK朝のテレビ小説「ゲゲゲの女房」は漫画家水木しげる半生記の物語です。水木がいくら働いても少しのお金は出ていくばかり、ふと気付くと部屋の片隅に貧乏神が座っているではありませんか。お前に取り憑かれたのでは金は残らない。何とか追い出そうといっそう仕事に励むという、水木漫画の世界が人気です。
ところで4代も続いた友人の米穀店が廃業。米離れは米屋に限らず、米食関連の漬物屋や葉茶屋、海苔などの乾物店にも影響を与えています。客足が遠のけば店先は暗くなる。貧乏神はそういう場所へ「乞食坊主のような姿で破れた渋うちわを持って悲しそうな顔で現れる」と水木は言います。
いわゆる貧乏揺すりや、ぶつぶつ独語癖は貧乏神を招くとされ、商売人が最も忌み嫌う仕草です。明るく元気良く、お客様が入りやすい雰囲気作りを店主自らが心掛けねばなりません。そして、真面目に頑張る事が貧乏神をして他へ家移りいただく良作ですが、不況でこの神様だけが繁忙の様子なのです。
2010.7月更新
景気が悪くなり経営が苦しくなると企業は経費の削減に努めます。いわゆる‘3K’はその代表的なもので、交際費、広告費、教育費の順で出費が削られます。ここで教育費とは著名人を講師に呼んで開く講演会などのことで、何十万円の講演料が節約の対象になるわけです。なるほどそう言えば銀行開催のセミナーも回数が減ってしまった気がします。
景気の悪化は茶道界にも影響を与えているようで、抹茶を扱っていて感じる‘3K’とは催事茶会の回数減、規模の縮小、高級品(濃茶)のスリップダウンです。手摘みの最高級品はもはや生産調整の段階に入り、茶品評会の入賞争いも大いに熱が冷める状況ですが、製茶技術を伝承する面では好ましいことではありません。
宇治茶業界の‘3K’それは喫茶店化、ケーキ屋化(抹茶スイーツ)、加工抹茶への特化です。茶問屋の生き残りをかけた戦いと言えるかも知れませんが、本業の葉茶屋からかけ離れていっては、いずれブームが去った時が心配です。6月1日から新抹茶の出荷を始めました。
2010.6月更新
食中りでひどい目にあいました。買い置きの漢方薬を飲んで治りましたが、よく見れば3年前に消費期限が切れた薬。古くても結構効くものだと感心しましたが、こんないい加減なことでは健康に良いはずがありません。
さて「医食同源」や「薬食同源」という言葉があります。病気を治すのも食事をするのも、健康を保つためには基本的には同じだという意味です。バランスのとれた食事、腹八分目の充実した食事を摂ることはとても大切です。昔から一家の健康を守るのは主婦の役目と言われるように、台所に立つお母さんは責任重大です。我が家内も韓流チャングムにはまってから、薬膳の意味をよく理解するようになりました。
近年食育の重要性が叫ばれています。しかし飲食という言葉が示す通り、古来食より飲の方が優先して考えられました。日本人が常飲として緑茶を飲む。いわば「飲食同源」の意味をもう一度考え直しましょう。新茶を急須で淹れる。「ああ美味しい」日本人でよかった、お茶屋でよかったと思う瞬間です。
2010.5月更新
ワサビはアブラナ科の多年草。水のきれいな渓流で栽培され春に白色四弁小花を咲かすところから春の季語となっています。この日本原産のワサビが今、生産が半減する危機に直面しているとか。それは若い人が口にしないからだそうで、激辛カレーや韓国料理など唐辛子のヒリ辛さには抵抗がないけど、ワサビのツン辛さだけは苦手だと言います。
寿司屋で「おじさん、ワサビは”本物”を使ってよね!チューブ入りじゃなくて粉の方だよ」こんな笑い話はもう昔の話になってしまいました。最近では「サビ抜き」が堂々とメニューに載り、ワサビはもはや別添のサービス品です。ワサビのツン辛さが好きかどうかは幼少時の慣れが原因だろうと思っています。
緑茶の苦み渋みもこれと同じで、親爺が茶好きなら子や孫も茶好き。子供の頃お茶を飲んでおかないと生涯馴染みにくい味になります。さて、5月に入って天候が回復し、当社碾茶園では連休明けから茶摘みを始めました。作柄や品質は平年並み、まずは無難なスタートを切りました。
2010.5月更新
南北に長い日本列島を仮に二分するとすれば、南北ではなくふつうは東西に分けます。例えば相撲の番付は東と西だし、歌舞伎の口上も「とざい、とうざい」、東男に京女など、古くから地図上の上下より、左右に分ける方がなじみやすいのは何故でしょう。
まほろば奈良は今、遷都1300年で大変な賑わいです。鳴くよ(794)鶯平安京を北都と呼ぶのに対し、なんと(710)平城京は南都と呼ばれます。奈良へ行くと南都寺院の本尊、如来様がすべて南を向いているのに気付きます。「天子は南面す」つまり天子は南を向いて立つのが、定位置だとする中国思想に由来しているわけですが、この位置から見れば世の中は右と左(東と西)に別れて映る。国文学者池田弥三郎氏はこう指摘されました。
しかし季節の移ろいだけは南北の二分がふつうです。今年は南北日本を春と冬とが行ったり来たり、こんな不規則な天候はありません。それでも新茶全線は北上中で、山城煎茶は4月後半、碾茶や玉露は5月早々からの茶摘み開始です。
2010.4月更新
ヤママサ通信は今回で2600回目となりました。2500回が平成18年、2400回が平成14年でしたから、近年は100回進むのに4年かかっている計算です。つまり、次の2700回目は平成26年頃になる予定で、今一番の心配は後継者です。
この通信は、手書きだから親しみやすい、というお得意様のご支援を嬉しく思っています。しかし、老眼が進み壺詰入日記や、長い戒名札を書くと筆文字が歪んで、果たしてこのまま続けられるかどうか心配です。パソコン文字には抵抗がありますので、ひょっとすると突然休止になるかもしれません。
昨秋ヤママサ通信がベースになった「茶壺に追われて」が淡交社から出版され、節目の良い機会になりました。年末には版元完売となり、続いて日本茶インストラクター協会からの依頼で権威ある協会報に新春号から連載がスタートしました。講演では急須で淹れる緑茶の美味しさを訴えながら、いささかでも茶業界発展のお役に立てればと願っています。緑茶は日本の国民飲料ですから。
2010・3月更新
隣家が茶樹を掘り起こしたところ、早速大学の先生から電話が。根っこの太いところを使って人形を彫りたいと言うことでした。宇治には一刀彫の技法で彩色を施した「宇治茶の木人形」があります。茶摘み姿の女性をモチーフにした根付け人形で、江戸時代後期に茶師の上林清泉により創始され、その技は2代目上林楽之軒に継承されたものの、結局は廃れてしまいました。
木が堅く技術習得が難しいのが理由です。今では地元でも本物を目にする機会は少なく、彫りの粗いものが細々と作られているだけです。かつて縁起物として皇室や大名家でも愛玩されたと言われますが、古木への感謝や魔除け、縁結び、茶樹の生命力にあやかった長寿の願いなど、さまざまな付加価値が見直されています。
京都花園大学の田中正流(たなかまさる)講師が茶の木人形復活を目指し「春の大茶会」(2月14日京都府茶業会議所主催)で過去の名品約1000点を蒐集展示されました。茶の木は堅くて彫りにくいが細工に耐える。素朴な木彫りの魅力を伝えていきたいものです。

2010.3月更新
行き当たりばったり街を紹介する番組「アド街ック天国」や「世界ふれあい街歩き」が人気です。私も健康のため近県の商店街歩きを楽しんでいますが、業種による盛衰もさることながら、商店街そのものの厳しさを目の当たりにすると、精神的に良くありません。
商店街の活性化は街が元気になる源です。京都寺田屋近くの納屋町は「龍馬通り商店街」としてブームに便乗し、大阪福島駅前の聖天通り占い師が多く集まるので「うらない商店街」というダジャレ受けを狙って、それぞれ集客に成功しています。ともかく空き店舗を企業家に賃貸するなど、シャッター店をなくす工夫が必要です。
歩いていて感じるのは茶舗の一角が何となく暗いこと。伝統的なたたずまいを残しているとも言えますが、店を覗かず素通りしてしまいそうです。われわれ農耕民族は太陽の下で働いてきたので、米と茶を買う時は知らず知らず明るさと清潔さを求めます。店舗の拭き掃除と照明の点検からまず始めてみませんか?
2010.2月更新
孔子が山東省の名山「泰山」の近くを通りかかった時、一人の老女が墓の前で泣いていました。孔子は弟子の子路に命じて訳を尋ねた。老女が言うには「私の舅も良人も虎に食い殺され、今また息子も殺されてしまいました」「それならどうしてこの地から立ち退かないのですか?」「ここは税が軽うございますから」
この答えを聞いた孔子は吐息をついて言った。「小子、これを識るせ。苛政は虎より猛し」と。中国で苛政(悪い政治)とは重税のこと。虎がいて人を食ってしまうような土地でも、税が軽いから引っ越さないということでした。先の見えないこの不況下でなるべくなら税を払いたくない。しかしそれでは国の財政が成り立ちません。
いつも思うのは、税務署が絡む会合は出席率が高いこと。ここに当局に対する納税者のさまざまな思惑を感じるのです。納めるべき税は納め、辛い時は辛いと訴えなければなりません。しかし我々茶業者の使命はまず茶づくりに専念すること、良い結果は後からついてきます。今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
2010.1月更新
会社経営に於ける三大経費とは「金利・人件費・税金」です。いずれも避けては通れない中で、金利だけは減らすことが可能です。古い話ですが豊作が続き茶価が暴落した昭和30年頃、いわゆる豊作貧乏で、茶業界はすっかり疲弊してしまいました。大手銀行の酷い貸し剥がしに遭って茶業者たちは「借金をしない経営」を目指したのです。
爾来長い年月をかけ内部留保金を積み増しながら、当社も事実上の無借金経営が可能になりました。金利負担がないと言うことは、それだけ品質を良くできるし、銀行との折衝に余計な時間と神経を遣うこともありません。松下幸之助氏の経営哲学は「早く欲しければ早く払え」つまり手形決済や延べ払いを避け資金の流動性を高めるべきと説いたのです。
ドバイショックで為替も株も青息吐息。片や消費者の買い控えで歳末の商店街は疲れ気味です。皆が苦しいわけですからここは辛抱あるのみ。他者に負けないお茶をお届けしますのでどうか頑張って下さい。今年もご愛顧ありがとうございました。
2009.12月更新
素人が全国出版するなど一生に一回あるかないかのことでしょう。この度貴重な経験をさせていただきました。祝いに一杯おごってもらった席で「お仕事は?」と聞かれ、友人が「作家」と応えたところ「先生どすかぁ〜、でどんな官能小説書いたはりますの?」。そう言えば宇野鴻一郎に似ていなくもなく、巧みな話術に大笑いしてしまいました。
さて、夜の街で名刺を渡すのは野暮としたもので、官公庁や大会社の人はそんなことはしません。もし大仰なる名刺が他所で一人歩きしたら困るし、職場に挨拶状が来るのも好ましくないからです。京都の一流どころのお母さんは名刺などなくとも初めての顔と名前を決して忘れることなく、個人情報は会話からそれとなく掴んでいきます。
ところで定年退職した友人らに、もはや肩書きも何もありません。時に必要な名刺には名前と住所があるだけで「正味の自分を見て貰えてありがたい」と話していました。商売人が営業名刺をバラ撒くのはのは賛成ですが、夜の飲み屋では勧められません。
2009.12月更新
郵便事業会社に勤める友人から「年賀はがきを買ってほしい」という依頼がありました。虚礼廃止や年賀メールが増えたことから、いわゆる官製年賀はがきの売り捌きは大変な様子。彼にもノルマがあるらしく、とても捌ききれないと思ったら早い目に金券ショップに持ち込んだとか。いくらで引き取って貰えるか分かりませんが、郵便切手なら額面の8掛けが相場です。
かつて切手を大量に買って経費で処理したあと、金券ショップで換金して裏金を作るという不正が多発しました。DM業者がこれを安く仕入れ、料金別納郵便の納付に使うという構図です。年賀はがきの場合は、町の印刷屋さんに流れますから、はがきを持ち込んでの印刷注文は敬遠されがちです。
当社では40年近く前から郵便物に特殊記念切手を貼付し、大型で綺麗なので好評をいただいております。このコレクションを換金すれば殆どが額面の8掛け以下。そんな損をするくらいならと、蒐集家は退蔵していた切手をどんどん使い出して、民営化以降郵便会社は赤字を益々増やす結果となっています。
2009.12月更新
拙本「茶壺に追われて」が樺W交社から全国出版され1ヵ月が経ちました。一般の読者からも「おもしろかった」というお便りをたくさん頂戴し、素人の本にしては書店での販売も順調だそうで、ありがたいことだと喜んでいます。
茶専門店は今、景気の低迷や商店街の不振、飲料の多様化やペットボトル茶の台頭で苦戦を強いられています。他の飲料にはない日本茶の美味しさを知ってもらうことが大切です。そんなことを願いながら茶に関する色々なエピソードを交え、わかりやすくこの本をまとめてみました。大勢の人が読んで日本茶に興味を持ってくだされば、少しずつ消費拡大につながると思っています。
地元では評判となり、ローカル紙を含めた4紙と日本茶業新聞社から取材を受け、日本茶の良さを精一杯訴え、紹介記事を掲載して戴きました。会社の宣伝くさい事は書いていませんので、同業茶問屋さんが店頭に置いたり取引先に配ったりして下さるのは嬉しいことです。この本が御店の営業にいささかでもお役に立てれば誠に幸いです。
2009.11月更新
親の祥月命日はよく覚えていても、家内の誕生日はつい忘れがち。まして結婚記念日など記憶の彼方です。しかし節目の記念日を覚えておくことは家庭円満に欠かせません。会社を見ても創立記念日、決算締め日のほか暦年始業日、四月入社日、五月の八十八夜など、たくさんの節目があります。それぞれが社員を挙げて気持ち新たに精進する時です。
茶業界には6月2日と10月1日の年2回、全国茶業記念日があります。これは、昭和7年4月、全国茶業組合会議所会頭会議に於いて日本茶の需要喚起、製茶改良、業界振興に資することを目的に定められました。6月2日は安政6年、いわゆる「神奈川条約」によって横浜が開港した日。生絲とともに日本緑茶が世界へ船出したのを記念して「お茶の日」とされました。
10月1日は天正15年、太閤秀吉が北野大茶会を催した日で、茶道が民衆に広がるきっかけとなりました。6月は製茶後で忙しいので、京都では暇な秋のこの日を「製茶記念日」と定め、茶祖、先人の労苦に感謝する催しが盛んです。
2009.11月更新
家の洋式トイレで立って小便するか座ってするか、こんな事を調べた統計によると6:4。つまり立つ派が多いのですが、座る派も急速に増えているそうです。便器に向かい筒先が安定せず暴投したり、チョロを打ったり、「もう座ってしてよ」と奥さんから叱られるのは、わが家だけではありますまい。
立ち小便とは男の非常識な行為を指しますが、語源を調べると実は女性の恥ずかしい行為に行き着くのです。江戸の洒落本や古典落語には女の立ち小便を笑った小咄がよく出てくるし、少年の頃わが田舎駅の厠に「女の立ち小便お断り」とあって、どんな恰好でと不思議に思ったものです。こんな行為や看板も東京オリンピック前には一掃されたようです。
ところでお茶の売買契約ができているのに、どちらかが一方的に反古にすることを「小便する」といいます。商変が小便に通じるとか、逃げる時小便する蛙と買わずが音通するからとか、諸説有ります。ペットボトル茶の不振で下級茶が倉庫にあふれ、これを小便くさいというのは、契約破棄の恐れからか?
2009.10月更新
お香典を辞退される葬儀が増えました。私個人の記録から見ても、昨年30回参列のうち、辞退されたのが24回。辞退率80%今年は8月までで14回のうち12回、辞退率85%という数字です。つまり5回のうち4回まで香典を辞退された計算です。
死者に、香と花を手向ける「香華」がやがて金銭を供える香典となりました。不幸ごとに際し急な出費を助け合うという、古いムラ社会の習慣が香典のルーツです。今それを辞退するのは葬儀費用云々というより、親の広い交際を子の代まで引きずりたくない、というのが本音かと思います。香典を辞退すれば香典返しも不要。京都は不祝儀に茶をよく使う土地柄なので、お返しの注文が激減してしまいました。
友人(葬祭業)によれば、参列者へ配る粗供養の品は上代1000円の2割引が基準、その5掛け400円が仕入だとか。納入業者は待ったなしの納品と返品に対応するため、原価見積は200円強。もらった茶が不味いのは当たり前。粗供養の茶は自店の評判まで落としかねません。
2009.9月更新
納品書に添えて茶の作柄や相場をお知らせするようになったのは、昭和25年頃でした。遠方のお茶屋さんにとって逐次伝わってくる産地情報は大いに参考になったようで、亡父が25年、私が35年都合約60年。よく続けてこられたというのが本音です。月に数度内容を変えながら、ようよう2600回目を迎えようとしています。
端境期には茶業を取り巻くトピックスなど、いささかでもご商売の参考になればと願いながら書いてきました。こんな些細なことでも継続は力なり。続けているうちにさまざまな人の目に止まり、平成20年までの3年間、茶道誌「淡交」に「お茶のこぼればなし」というコラムを掲載させて戴きました。
ありがたいことに、読者の皆さんからたくさんのお手紙を頂戴し、樺W交社から「茶壺に追われて」(仮題)としてこの秋に全国出版されることになりました。改めてご案内致しますが、、売れる自信は全然ありません。御店頭に置いて戴くことも可能ですので、厚かましくも応援下されば誠に幸いです。
2009.8月更新
「当たりまえだのクラッカー」「わたなべのジュースの素です・もう一杯」「一姫二太郎三サンシー」これらのCMを懐かしく思う人は昭和30年代街頭テレビを楽しんだ世代です。当社が「クールグリーン」を初めて発表したのもこのような時代でした。
抹茶に砂糖を混ぜて舐めたら美味しい。水に溶いて飲んだらもっと美味しい。発見したのは茶問屋の子供達でした。その様子を見た親たちは「宇治清水」などの商標で売り出したのです。抹茶に砂糖を混ぜて売るなんて、と古老たちは非難轟々でしたが、甘みを求めて加糖抹茶は次第に市民権を得ていきました。
その後の浮沈はありましたが、昨今の茶業不振のなかクールグリーンだけが2桁も伸びているのです。流行りの抹茶スイーツが押し上げてくれるのでしょうか。今夏は焙じ茶とともに、夏枯れ対策に有力でしょう。グラニュー糖と抹茶、少しのスキムミルクだけをブレンドした自然の飲み物。抹茶の配合率を多くしたデラックス品もあります。
2009.7月更新
警察生活安全課で聞いた話。あの七味唐辛子に入ってる種のようなもの、これ大麻の種子なんだそうです。(もちろん発芽はしませんが)。大麻草は河川敷などで希に自生していることがあって生命力は強くベランダや押入の中で栽培している輩を捕らえることもあるらしい。
さて栽培種の花序からとったものが、「ガンジャ」野生種の花序や葉から採った物が「マリファナ」、雄株の花序と上部の葉から分泌される樹脂を粉にしたものが「ハシシュ」といい、総称して「大麻」と言います。(広辞苑)大麻はより強い麻薬への入口とも言われ、警察も取り締まりに躍起です。
大麻といえば犯罪のイメージが強いのですが、もともとは伊勢神宮および諸社から授与される神聖なお札のことを「大麻」といい全国8万の神社から氏子に頒布される伊勢神宮のお札は「神宮大麻」と呼ばれています。神職が「大麻の頒布です」では参拝者にあらぬ誤解を与えてしまう。宮司らは「大麻取締法」の名称を先ず改めてほしいと国(厚生労働省の麻薬対策課)に要望しているそうですが、これが難航とか。
2009.6月更新
「茶葉」と書いて「ちゃよう」と読みます。ところがドリンク茶のCMでは「チャバ」。学術的には「ちゃよう」が正しいのに、いつの間にか間違った発音の「チャバ」が一般化してしまいました。葉脈、葉緑素、樋口一葉…など葉は「よう」と発音するのが普通です。例外は「葉茶」(はちゃ)葉茶とは抹茶に対する原料の碾茶の呼び方で、それを売る茶商を葉茶屋(はちゃや)と言いました。枯れ葉、落ち葉という慣用もありますが、「チャバ」と読んでは間違いです。
東京にある秋葉原駅。ここは「あきはばら」です。昔この地は広い原っぱで、中に秋葉権現(あきばごんげん)の社があったので、秋葉ヶ原(あきばがはら)と呼ばれていました。だから正しい駅名は(あきばはら)なのに、鉄道省の役人が、あきはばらの方が言いやすいと勝手に変えてしまったらしい。
地名の由来も知らない田舎出の役人め、と永井荷風は皮肉っていますが、よく考えてみれば葉(は)を「ば」と濁るのはもともと東京弁かもしれません。大手がテレビで流すドリンク茶CM。全部東京人が作ったコピーなので、「チャバ」になってしまった。間違いの原因はここら辺にあるのかと…
2009.6月更新
ディーラーさんで聞いた話です。お客様との応対で基本の1はNHK(ニコニコ・はきはき・きびきび)であると。もしTBS(テレテレ・ブスブス・シブシブ)だったら嫌がられてしまう。2は服装。いつも清潔で正しい着用をしているか?ボタンがはずれていたり、暑いからと腕まくりやシャツ姿は論外です。修理の人は油で汚れるので応対の時特に気を遣うそうです。
お客様は最初の印象で、好きか嫌いかを決めてしまいます。一度マイナスイメージを持たれたら、後でどんな良い条件を提示しても商談は進みません。あなたにBBB(ブツブツ「独り言」ボソボソ「鼻歌」ビンボウ「貧乏揺すり」)の癖はありませんか?気付かないうちにどんな印象を与えてしまっているか、社員互いにチェックしあっているそうです。
最後は3、お迎え三歩、見送り七歩。できれば車が敷地を出ていくまで見送りましょう。かつて懇意だった営業マンはとても無口で朴訥な人柄でした。しかし成績はいつもトップで、彼と接してから「男のお喋りはみっともない」ことを悟りました。
2009.6月更新
寒さ厳しい冬の中国東北部では、それでも三日ほど寒い日が続いた後には四日ほど暖かい日が続き、これを交互に繰り返すそうです。この気象現象を「三寒四温」と言いますが、日本でも春に向かう時このように表現することがあります。
今年の春先は「三歩進んで二歩下がる」の歌詞通り汗ばむ暑い日と冬のような寒い日の繰り返しでした。新茶は早いの遅いのとずいぶん気をもみましたが、当社碾茶茶園は5月3日から茶摘みを開始。昨年とは4日早いスタートでした。作柄は懐芽までよくつんで豊作型。香気も良く品質のすぐれた茶ができています。しかし茶相場は高級茶から軟調で不況のジャブが徐々に影響してきた感じがします。
農家はコスト削減のため本簀覆いから寒冷紗へ、あるいは手摘みから鋏摘みに移る傾向が強まっています。ある程度やむを得ないとしても濃茶や玉露の技術を後世に伝えるため、辛抱も大切です。安ければ安いほど良いという昨今の粗製濫造は、茶価のデフレを生むだけでなくやがて消費者の信頼を失います。
2009.5月更新
左翼か右翼かという言葉はフランス革命(1789年)の議会で急進派ジャコバンが議長左方の議席を占め、保守派が右方に座ったことに由来します。その後になってジャコバン派の社会主義、共産主義を「左翼」一方で民族主義、国家主義を「右翼」と呼ぶようになりました。
ざっくり言えば、革新派が左翼、保守派が右翼という構図になります。しかしながら京都府で左派政権が長く続いた時、与党共産党を保守、野党自民党が革新とされ、知事選挙で自民党が「京都に革新の火を」と訴える時代もあったのです。今国政で優位だった民主党が苦戦。裏にうごめく権謀術数は計り知ることができません。
今年は各地茶業団体の役員改選年です。新しく選ばれたリーダーは業界不振を打破する、いわば時代の革新派と期待されています。近く八十八夜の日に「宇治茶会館」が竣工します。四億余円の返済に不安を抱えながら、ここに至って京都茶業界は保守も革新も一致協力し運営にあたらねばなりません。
2009.5月更新
「こだわり」ほど破格の出世をした言葉はありません。「わずかなことに理屈を付けて文句を言う」(国語大辞典)ように昔は物事にこだわることはよくないことだとされていました。ところが今や生活の中にこだわりをもつことは質の高いライフスタイルを実現する鍵と見なされ、小は漬け物から大は住宅に至るまで、こだわっていない商品を探す方が難しくなりました。
宇治茶道場で観光客が言うには「こだわりの玉露って全然おいしい」「全然」という副詞には次に必ず否定語が続きます。つまり玉露はおいしくなかったのかと一瞬ドキッとしてしまうのですが、若い人は「とても」という肯定の強調として使っているようです。
若者と言えば「ざっくり」というJC言葉。多分「大雑把に言えば」という意味なのでしょうが「ざっくりと傷口が開いた」など本来とは違う使われ方が市民権を得ていくのは好ましくありません。店の金銭をくすねた放蕩息子が現行犯で捕まって、さて「ざっくりとつかんだ所を母おさえ」とは江戸の狂歌。
2009.4月更新
納棺を取り上げた邦画がアカデミー賞を受賞しました。親族の葬送などで誰もが経験する儀式ですが、職業として「納棺師」という言葉があることを初めて知りました。「師」とは後進を指導する人、あるいは専門の技術を有する職業と辞書にあります。牧師や美容師、また茶づくりに携わる我々は茶師と呼ばれています。
そして「師」の技能に加えて特別の国家資格を有する人が「士」。弁護士、税理士などがそうです。では看護師と介護福祉士はどこが違うのか?鑑定士軍団や茶鑑定士は国家資格なのかという疑問も生じます。ある漫才師は「教師や医師は偉そうに言うけど、手品師も詐欺師も同じ師がつくやないか」と。要は「師」「士」もはっきりしないので、ネット上で盛んな議論がされています。
日本の政治家は政治屋になってしまったらしい。「家」とはその道にすぐれた人のことを指しますが「屋」になってしまっては、地上げ屋などと同じです。納棺師という言葉に出会って日本語の難しさと奥深さを改めて考えさせられました。
2009.3月更新
駅は世態を現す縮図だと言われます。古い記録写真で駅頭を写したものが多いのは、例えば改札口から出てくる乗降客の様子がその時代をよく反映しているからです。今でも駅ホームに立って観察すると僅か数年の間の変化に気付くことがあります。
よく目にするようになったのは、@携帯メールAお化粧する女性Bリュック姿のシルバー世代、が増えたことなど。逆に目にしなくなったものは@公衆電話Aホームの灰皿B素振りをするサラリーマンです。くわえ煙草に逆さ雨傘でゴルフの練習、こんな迷惑おじさんがいなくなったのも時代の流れでしょう。そしてやたら増えたホームの自販機を見れば、緑茶の占めるスペースがずいぶん減りました。
確かな数字を掴んでいませんが、友人のベンダーは緑茶飲料の陰りを実感すると言います。ペットボトル茶は便利だけれど、結局高くつくことに気付いた消費者。電車に乗って早く家へ帰って、奥さんが急須で淹れた温かいお茶を味わいたい。お茶屋にとって不景気はマイナスばかりではありません。
2009.2月更新
漫画家の楳図かずおさんが新築した赤と白の横縞模様の自宅。これを「景観破壊だ」として周辺住民が訴えたところ、東京地裁は「条例などの法的規制や住民間の取り決めもない」として住民側の主張を退けました。いわばケンタッキーフライドチキンが住宅地に建ったとしたら、毎日のことなので町内の意見も別れるところです。
我が宇治市や京都市では景観条例によりさまざまな指導を受けます。新生「パナソニック」の看板ですら派手だからと白地に青文字と逆の配色になりました。電気屋さんも協力的でパチンコ屋もマクドナルドも他市とは違う地味なデザインです。そして今般宇治川と周辺市街地が「重要文化的景観」に選定されました。
都市景観として街並みが認定されるのは全国初のことで世界遺産平等院を軸に茶問屋の古い建物など、歴史と伝統産業が複合的に結びついた景観が評価されたわけです。なんとなく守り続けた環境ですが市民の見えざる常識が働いて、勝手な主張がなかった事が幸いしたようです。
2009.2月更新
江戸火消しの時代、遠い火事には「カーン」「カーン」とひとつずつ半鐘を叩きました。これを「一つ半」と呼び、火事がもっと近くなると「カンカン」「カンカン」と「二つ半」になり、最後は半鐘に槌を入れてかき回す「すり半」で緊急を知らせました。現在は地域消防団がサイレンを吹鳴しますが、うるさいという文句や問い合わせが消防署へ殺到するのでよほどのことがない限りは、鳴らされることはありません。
今年は年初から火災が相次ぎ、一現場で複数の子供たちやお年寄りが犠牲になる事例が目立っています。住宅火災で死に至る一番の原因は逃げ遅れ。もし報知器があれば70%以上の人が助かっただろうと推定されることから、消防法によりすべての住宅に「住宅用火災警報機」の設置が義務づけられました。
職住兼用になっている茶店は乾いた茶や袋在庫などが山積みです。用心に過ぎることはありませんから、消防署か消防団へ尋ねてみましょう。煙式と熱式、いずれの警報器もホームセンターなどで売っています。あわせて消化器もお忘れなく。
2009.1月更新
源氏物語は男女の浮き名の話。この時代の貴族世界はいわゆる通い婚でした。愛しい殿方は牛車に乗ってやってくる。通りすぎてしまわないよう,何とか牛車をお止めして屋敷に立ち寄っていただこうと、女人たちは努力を惜しみませんでした。中でも一番効果的な方法は、牛が好きな塩を門前に盛っておくことでした。
牛は塩を舐めたさに歩みを止め、かくして殿方を招き入れることができたという訳です。門口の盛り塩はやがて花街の習慣となり、現在では飲食店などで見られます。客がよく入るようにとのゲン担ぎ、金払いのいい上客がくるようにと清めの意味もあります。年末は人通りこそおおかったものの商店街を通り過ぎるばかりでした。名古屋のデパートは20%近い落ち込みだったと言います。
もう塩でも何でも店頭に盛っておきたい気持ちですが、こちらはひいとつ原点に立ち返り、お客様に「ああ美味しい」と喜んでいただける茶を商うことが肝要だと思います。それが例え牛歩の歩みであっても共に頑張りましょう。今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
2009.1月更新
「われほとけ、となりのたから、よめしゅうと、てんかのいくさ、すききらい」東京新橋にある老舗天ぷら屋の家訓です。読み下してみるとこのように七五調のリズムがあって覚えやすい。これは商いをするにあたって客との会話の中で触れてはならないことを教えた言葉です。
つまり、「我が事を自慢たらしく偉そうに言うな。宗教を話題にしてはならない。他人の財産を羨んではいけない。嫁姑のうわさ話には立ち入らない。天下の戦とは政治の話、難しいことは分かりませんと受け流せ。そして男女の好みや趣味は千差万別、とやかく批判してはいけない」と。
ともかく他人はどう考えているか分かりません。話し方ひとつで角が立ったり客を嫌な気持ちにさせてしまいます。この家訓を守れば聞き上手になる。商売繁盛のコツはここにある。とは御主人の弁です。「下々の皆さん」と言った政治家のたった一言がずっと尾を引いてしまうのは、これが他人の尊厳を損なう言葉だったからです。
2008.12月更新
もうすぐ11月だというのに南山城や北勢地域盛んに茶摘みが行われ、製茶工場もフル運転しています。本来なら秋製番茶が製造される時季ですが、伸茶がサッパリ不振なこの業況のときいったい何を作っているのでしょう…。答えは、秋番を加工した「まがい碾茶」安価な粉末茶の原料です。
加工抹茶は安ければ安いほど良い。こういう需要に一部茶業者が応えていった結果、粗悪な粉末茶が食品加工市場に出回り、とうとう「秋製モガ」や「秋製碾茶」と呼ばれる最低品質の原料を使うところまで行き着きました。これはもはや抹茶ではなく粉末茶。それを使った食品が「宇治抹茶入り」と表示されるのは問題です。
安いだけの粗悪茶を使えば客の購買意欲は落ち、やがて抹茶食品は飽きられて姿を消すでしょう。その時、悪貨が良貨を駆逐するがごとく、本物まで信頼を失うことが恐いのです。宇治抹茶の信用を築いた先人や真摯な篤農家に対しても、売れるから作らせると言う姿勢では申し訳が立ちません。
2008.11月更新
京阪宇治駅へ降りて先ず目に入るのが「函館市場」とかいた大きな看板。「いつの間に俺は北海道へ来てしまったのか!」と観光客。さすがにこれはマズイと観光協会が申し入れたのかどうかこの回転寿司店の看板は地味な暖簾になりました。
宇治で新たに開店するのは大型スーパーとコンビニ。それにチェーン展開の回転寿司とラーメン屋ぐらい。一方で地元商店街や市場は青息吐息の状態に陥っています。豊かな社会とは全国どこでも同じ品揃えのスーパーに車で出掛け、同じ味の回転寿司やラーメンを食べることなのでしょうか?専門店なら客と主の会話も弾みお互いの信頼の上に「食の安全」など何の心配もありません。
そんな専門店なのに「諸般の事情により・・・閉店」と言うお手紙が増えました。年に5〜6件お得意先もあれば仕入先もあります。一番の理由は後期高齢化、ついで売り上げ不振です。政府が大店法を廃し規制緩和を進めたことが競争原理を生み弱い立場の地方商店街にしわ寄せが来る結果となりました。
2008.10月更新
「ロト6で3億2000万円当てた男」というTVドラマが放映されましたが、これ実話だそうです。このロト6というくじを私も初めて買ってみました。すると、6つの数字のうち4つも当たったのです。200円が20000円弱になりましたがもう2っ当たっていれば2億円を手にするところでした。
ロト6は客が自由に6個の数字を選ぶわけですから、1等が複数出ることもあれば、1本も出ない時があります。すると当選金は次回へキャリーオーバーされてどんどん増える仕組みです。宝くじの売上は、約40%が自治体の収益となり賞金として払い戻されるのは46%、残りは売り捌きの経費です。合理的に考えれば割に合いません。
宝くじは不況の時ほど売れる。裕福な人ほど買わないとか(米国での調査結果)。しかしドラマ放映以降ロト6が人気だそうです。ここで1等に当選する確率(理論値)は600万分の1です。40s茶箱に米をいっぱい入れてひとつだけ赤く塗る。目をつぶってその一粒を掴むような確率。それでも買わなきゃ当たらないんですから。
2008.9月更新
叙勲を受けた人や功績のあった人に天皇陛下から下賜される煙草を恩賜のたばこと言い、明治10年西南戦争の時に傷病兵に贈られたのが始まりと言われています。ところが天皇ご一家はひとりとして煙草を吸われないし、第一体に害のあるものを国民に下賜するのはどうもと、皇太子ご成婚を前にした平成5年廃止となりました。
これがきっかけとなり嫌煙権が叫ばれ禁煙運動も盛んになってやがて今日に至っています。人前で平気で吸う人やポイ捨てする人も漸減し喫煙マナーもずいぶん向上したのに、今般の「一箱千円」案は愛煙家にとって追い打ちのようなものでしょう。
大幅値上げすることで税収の増額が見込めますが、それがイヤで禁煙する人が増えれば喫煙率は下がります。論点が禁煙なのか税収増なのか難しいところです。日本の煙草は発展途上国で人気がありその輸出が増えてたばこ産業は増産となっています。これは国家による不健康の輸出だと批判されるように、世界の健康のため大幅値上げを支持します。
2008.6月更新
ペットボトル茶の売れ行きがあまり芳しくないそうです。生味、濃い味、濁り味、メーカーは次々と新製品を出しますが、どれも変わり映えしない味に消費者の飽きがきているのでしょう。ならばいっそ無味の水の方がマシとばかり、今日は富士山、明日はアルプスと今夏の売れ筋は天然ミネラル水がとって代わるかも知れません。
とは言え、茶葉から直接抽出するお茶の美味しさは、ペットボトル茶の比ではなく、何より経済的です。水で出す方法を周知すればペットボトル茶にもミネラル水にも負けることはありません。そこで改めて全茶連発売「水出しポット」を紹介しましょう。茶葉に水を加えひと晩冷蔵庫に入れておきます。旨み成分がゆっくり溶け出し翌朝には美味しいお茶が飲めます。
これで冷茶を用意しておけば不意の来客にも対応できるし、空のペットボトルに移し替えればどこでも急須の味が楽しめます。普通サイズ1000ccとミニサイズ700ccがあります。お問い合せは全茶連事務局054−271−6161

2008.6月更新
碾茶はひと夏を越すことによって味が熟成しうま味が増してくる。お茶人はこのことをよく知っていました。11月初め炉開きに合わせて茶壺の封を切り、茶臼で挽いて客に出します。茶師の「お詰め」に対してこの茶事を「口切り」と言い、その年の新茶として貴ばれました。
抹茶などの覆い下茶は新茶一品だと味の薄さ渋さ、キツさが目立ち、あるいは泡立ちも良くありません。これらを補うために新茶には冷蔵庫で熟成させ残しておいた古茶をブレンドしまろやかな風味を引き出すようにします。ところが困ったことに現行の表示法では理由の如何に関わらず古茶をブレンドすれば「新茶」の表示が出来ません。
当社では誤解を生まないよう、該当商品には「新茶ブレンド」という表示を致します。販売店様には別途の郵便で詳しくお知らせしましたのでご高覧下さい。また新茶と呼べる期間もおおむね6月までとされており「口切り新茶」「蔵出し新茶」「秋製新茶」なども不当な表示となりますので要注意です・・・
2008.5月更新
冬寒く、春暖かいという今年はとてもメリハリのついた気候でした。しかも3月から4月にかけて十分な降雨があり芽出し肥もよく効いて最高の条件で新茶を迎えることができました。当社碾茶園は5月7日から茶摘みを開始。本来もっと早くスタートできたのですが摘み娘さんの都合で連休明けになりました。
さて作柄についての要素は「1に品質、2に収量、3に相場」であろうかと思います。三拍子揃った豊作はバブル期に2〜3度あったきりでいつもどれかが欠けます。今年は収量も多く品質にも優れ申し分ないのですが、相場だけが軟調です。茶会で使う濃茶は節約感からスリップダウンが見られ、進物に贈る玉露や上煎は不況感から低調です。
毒ギョーザ事件で中国はシラを切り通しこれがため中国茶(ドリンク原料)の輸入は激減予想。代わって日本産下茶の古相場が高騰しています。相場展開は「おしなべて高級品はわりやすで、下級品ほど割高」です。急須で呑む葉茶の美味しさを訴え社員挙げて今年の茶づくりを頑張っています。
2008.5月更新
府内の同業者二社が実名報道されてしまいました。味を調整するアミノ酸と色を保つ重炭酸アンモニウム(重曹)が添加された「原料茶」を使用しながら、商品の原材料名欄にその旨を記載せずに販売したと言うことで、日本農林規格(JAS)法違反で京都府と近畿農政局に摘発されたのです。
府茶協ではかねてより添加物排斥を訴えてきたところであり、組合幹部はカンカン。新茶を直前にして茶業界に与える影響は少なくありません。当社に於いても「茶は自然の物である」という考え方から、添加物を使わない、混ぜない、売らない事を訴えてきました。しかしながら加工用抹茶の中には発色着味モガなどを原料茶として使ったり、クロレラをブレンドした物が売られています。
抹茶は加熱処理をすると退色しやすくなり、その対策に重曹などが使われます。いずれも無害で添加物として認められてはいるものの、発色剤や着味料などの使用は食品か工業社が判断することで、茶業者が抹茶に添加するものでは決してありません。
2008.5月更新
堺屋太一氏が命名した「団塊の世代」とは昭和22年亥年から昭和24年丑年に生まれた人たちのことで、この3月から彼らの大量退職が始まりました。それに合わせたかのように求人チラシが新聞に折り込まれていますが、募集の対象は定年退職者ではなく、代替の限られた若い労働力。景気が低迷しているのに求人難という現象を生み出しています。
団塊世代には高度成長期を支えた自負があります。これから第二の人生に意欲を燃やす同輩もいれば若い時の無茶がたたって健康を害する人もいます。かつての元気が今や「薬を飲む、注射を打つ、細々と宝くじを買う」という状況。いずれまとまって医療介護ビジネスに貢献することになるのでしょうか?
将来の茶生産について「鹿児島はドリンク原料、静岡は高級ティーバッグ、京都は葉茶専門に特化していく」という大胆な意見があります。団塊世代は急須で茶を飲む世代。「優良葉茶の茶づくりを目指す」という府茶業会議所の事業計画には、彼らが視野に入っています。
2008.4月更新
源氏物語千年紀を迎え、この度花街島原の揚屋「角屋」で写本が発見されました。藤原定家本とは別系統の陽明文庫本に類似し重文級とか。江戸時代の角屋当主はなかなかの文化人だったらしく、宮家や貴族との交流の中で入手したと思われます。花街の粋なお付き合いが垣間見えてくる発見です。
ふと思いついて、傾城の茶ことばを集めてみました。
お茶を挽く・・・客がつかないこと。仕方ないからお茶(抹茶)でも挽いていなさいと言うところから。
茶挽き・・・客がつかないため暇でいる芸者や娼妓。
お茶挽き女郎・・・いつもはやらない女郎のこと。
茶柱が立つ・・・客が元気で勃つ。俗に吉事のしるし。
茶柱が立つと来客がある・・・馴染み客が来る。
茶臼・・・下臼に芯木が立つ構造から、女上位。
茶臼芸・・・本物ではないちょっとした一芸で茶を濁す。
色男は茶漬け飯・・・たくさんの客を相手にする。遊女にとってどんな美男子でも茶漬け飯を食う程のことでありふれたものだと言う意味。
2008.3月更新
温暖化が叫ばれても年間の積算温度にはそれ程大きな違いはありません。昨年は暖冬で猛暑でしたが、新茶時期の異常低温で一年を通して帳尻は合いました。今冬はことのほか寒くこのままだと春先は急に気温が上がると思われます。寒暖がハッキリした年ほど茶は旨いとされ、今年は美味しい新茶が期待できるでしょう。
ドリンク茶は一時の人気に陰りがでてきた上にこの冬の寒さで全くの販売不振。下級原料茶の在庫はダブつき気味となりました。しかし何が幸いするか分かりません。例の農薬ギョウザ事件で中国産茶の輸入が激減する見込みから、一転して国内産相場が上昇。新茶に於いても下物から値を押し上げるだろうと予想されています。
一方上級茶はあまり売れていません。不況感からのスリップダウンと進物品の不振が原因で当然新茶相場は弱含みです。今年は上級品ほどお買い得と言えるでしょう。ペットボトルの大量消費が地球温暖化の元凶です。急須で淹れる葉茶の美味しさを訴えていきましょう。
2008.3月更新
茶業組合の懇親会で目にするようになったのはビールを断る人が増えたこと。尿酸値が高いので医者からプリン体を多く含むビールを止められているというのです。同じ醸造酒である日本酒もダメ。しかし蒸留酒なら良いというので、焼酎党が多くなりました。そこで醸造酒と蒸留酒の相関関係を書きますとこうなります。
(醸造酒)日本酒⇔焼酎・泡盛(蒸留酒)
(醸造酒)ビール⇔ウイスキー(蒸留酒)
(醸造酒)ワイン⇔ブランデー(蒸留酒)
尿酸値は痛風のバロメーターです。発作が起きると風が当たっても痛いから痛風。西洋では紀元前からあった病気ですが、日本では明治時代以前には見られませんでした。現代になって急に増えたのは食の洋風化と食べ過ぎ。醸造酒か蒸留酒かは関係なく、飲み過ぎも大きな原因です。
茶を飲めば体質もアルカリ性に改善され、尿酸値を低める効果があると言われています。しかし茶業組合の宴席でこれだけ尿酸値の話題が多いようでは、茶の効果も疑問です。
2008.2月更新
ラオスの首都ビエンチャンから、空路60分、ルアン・パバーン市郊外にある小学校を訪問する機会を得ました。まだまだ貧しいこの国にあって児童の半数近くは裸足、あとはいわゆるゴム草履で、運動靴を履いている子供はまだいませんでした。彼らの足元を見て、かつてアフリカに靴を売りに行ったセールスマンの話を思い出しました。
一人目のセールスマンが打電してきたのは、「望みなし、ここでは靴を履く習慣がない」二人目の報告は全く違っていました。「望みあり、ここではまだ1人も靴を履いていない」でした。最初の捉え方次第でその後の展開が全く異なってくるという例え話です。ラオスの子供たちは貧しいけれど純真な心とキラリと輝く瞳に接し、「望みあり、この国には未来がある」と報告したい。
在ラオス宮下正明大使は教育熱心な国民性を評価し「北部産緑茶と、南部産コーヒーの美味しさを日本に紹介したい」と話されていました。観光客がほとんど訪れないラオスで、意外とよいお茶がとれることは知られていません。
2008.2月更新
新年の干支は「戊子(つちのえね)」。十二支の始まりである子年です。「米蔵や俵にねずみ」は縁起物。食べ物がたくさんあるところに集まってくるので、ねずみがいなくなると家が廃れるとさえ言われます。しかし茶業者にとっていたずら者のねずみは大敵。その対策には頭を悩ませてきました。
彼らが狙うのは「玄米と花」玄米とは正しくは煎り白米、花はもち米のポップコーンでいずれも玄米茶の原料です。香ばしい米の匂いが彼らを誘い、そこで天井や床や扉にブリキを張った玄米置き場(通称タンク)をつくり万全の体制で侵入を防ぎました。
玄米茶が「花やなぎ」という商標で売り出されたのが大正12年。初めは茶がらと一緒に米を捨てるなんてと非難ごうごうでしたがやがて大ヒット商品になりました。現在は食生活の洋風化からほうじ茶の方がよく飲まれています。時代によって消費者の嗜好は変わります。大切なのは基本を忘れない茶づくりであると信じ、社員を挙げて頑張ります。今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
2008.1月更新
「料理屋と金屏風は広げすぎると倒れる」とは、料亭「吉兆」の創業者、湯木貞一氏が遺した言葉ですが、事実その通りになってしまいました。茶業界でもお茶屋とおできは、大きくなると潰れる」とあって、これは適正規模を守るよう戒めた格言だし「茶倉が大きいお茶屋は潰れる」は安易な仕入が不良在庫を抱えることを諭したものです。
御用達や受賞歴を前面に押し出したり、店の歴史を創造したり、大店の印象をことさら強調したりすることは吉兆や赤福に限らず誰もが陥りやすい点です。しかし消費者がこれらを判断基準とはしなくなったという調査結果があります。お客様は品質と店の信用を買われるのです。それが老舗となり最高の御用達となります。
今年の葉茶業界は業態を問わず地域を問わず大苦戦でした。いまだはびこる秋モガ抹茶。発色着味茶は某大手が名指しで報道されました。こんな時だからこそ業界挙げて真摯な茶作りに取り組まねばなりません。ご愛顧賜りありがとうございました。
2007.12月更新
年末ジャンボ宝くじが売り出されました。宝くじ協会のCMによれば1億円以上の当選者は1年間でなんと7000人。こんなに大勢の億万長者が誕生するなら、誰もが次は自分の番だと思って宝くじを買います。そして大晦日の抽選を楽しみに当たるかも知れない。いやきっと当たる。とそれは確信に近づきます。
一方で警察庁が発表した昨年の交通事故による死亡者数は全国で7000人。年々減少しているのは交通安全意識の高まりによるものですが、それでも多い。明日は我が身かもしれないのに、しかし自分だけは交通事故に遭って死ぬなんて事は絶対無いと誰もが考えています。確率は同じ7000人なのにこの意識の違いはどうしたことでしょう。
酒酔い運転は重大な事故に繋がります。飲ませた上司も、同乗した同僚もすべて運転者と同じ罪に問われます。忘年会シーズン、経営者が注意を怠った結果、従業員が飲酒事故を起こせば、商店も会社も一発アウトです。宝くじは当たらなくとも、車には当たることをどうかお忘れなく安全運転を・・・!
2007.12月更新
かつて「茶業界」という月刊誌が突然廃刊されたのが平成13年の正月。広告費収入減と茶店廃業に伴う発行部数減がその理由でした業界紙は斯業の盛衰を表すバロメーターと言われるようにそれほど茶業が不振だったのかと少なからずショックを受けたことを覚えています。
その後唯一の業界紙として頑張ってきたのが「日本茶業新聞」。ここへきて発行部数が伸びているというのです。それは茶商社だけでなく茶生産者も購読するようになったから。消費地でどんな茶が売れているか、ペットボトル茶の動静はどうか、茶産地の作柄はどうか、新しい製茶包装機械の広告など、幅広い情報を茶農家も求めているのです。
主な業界紙として今、次のものが発行されています。
@月刊「茶」(静岡県茶業会議所)主に茶生産者向けの専門誌。
A「全茶連情報」(全茶連)組合員対象の月刊情報誌。
B「日本茶業新聞」月3回発行の業界新聞。生産から流通茶食品加工や和風喫茶併営の様子など幅広い内容。
2007.11月更新
「ゆすり・たかり」はともに同じ様な意味で使われています。ゆするは「強請る」とも書き、「言いがかりをつけて金品を出させると」と広辞苑にあります。江戸時代宇治の御物茶師は禁裏御所へ茶を納める役を担っていました。将軍家へ届ける茶壺道中と同じく、御所への道中でも粗相があってはなりません。公家衆が茶壺に付き添い、途中武家屋敷に対し門前の道普請を命じました。
万一不始末が生じたら大変。どうか穏便にお通りいただくよう、武家はいくばくかの金銭を出すようになったというのです。さて、ここまでは本当の話。ところが公家の言うことを聞かない武家もいました。その門前にさしかかると、茶壺を揺すり「さあ大変、道の凸凹で茶がこぼれた」と、金を要求。これが「ゆすり」の語源だとされているのです。
しかし茶壺は厳重に封印されているので揺すってこぼれる物ではありません。権力者を揶揄した後年の作り話でしょう。防衛省の天皇と言われた事務次官の問題。これは業者へのたかりか、あるいはゆすりでしょうか?
2007.11月更新
京都府や市の会合などで用意される飲み物まで、ペットボトル茶になってしまいました。よく出されるのは福寿園「伊右衛門」か京茶協「宇治茶」。静岡茶でないのは担当者のせめてもの配慮でしょう。しかし捨てられる空ボトルの無駄はレジ袋の比ではありません。地球温暖化エコ対策のため、ペットボトルの総量規制は絶対必要です。
今秋になって宇治の老舗問屋から、相次いで新製品が発売されました。JT日本たばこと辻利一本店、コカコーラと上林春松本店など、この傾向に対する意見は賛否両論あるものの、同業者の大半は消極的な見方です。茶業界にとって「ペットボトル茶はまさに救世主」(京都新聞)と言われますが、業界の将来という観点からは全く逆だと思います。
お母さんからもらった「大人の哺乳瓶」(同志社大学青木貞茂教授)、このノスタルジーが大ヒットの理由らしい。日本人のDNAに書き込まれた緑茶ですから、急須で淹れる茶文化の大切さと、本物の美味しさを諦めずに訴えていきたいと思います。
2007.10月更新
「茶はきつね草」とか「茶はきつねっ葉」という表現は茶業者にとって不名誉な意味が含まれています。以前中国で買った龍井茶(ロンジン茶)は缶の上の方だけが高級品で下はクズ茶が詰まっていました。かの国では「騙すより、騙される方が悪い」という考え方があって、不正を見抜けなかった客に非があるというのです。その場限りの商売、これはかつて日本にもありました。
茶取引はふつう、ひと握りの見本で何百sの値段を決めるわけですから、双方の信頼関係が大切です。しかし安く買いたい側は計量をごまかしたり、あるいは支払を延ばしたり不誠実なことをしました。これに対抗して売り手側は荒茶に安い粉茶や下級茶を混ぜて品質内容を偽りました。そんな茶を仕入れても買う方に見る目がなかったとされ、茶取引はいわば狐の化かし合いだったのです。
茶業は「茶と信用を売る」商売です。お客様と長いお付き合いは、茶とお店の信用も買っていただいているのです。信用第一「きつね草」という言葉が死語になりつつあることはとても嬉しいことです。
2007.9月更新
デパートの通信販売などに「篤農家○○さんが丹精込めた緑茶」といった広告がよく載ります。○○さんがどういう人か知らなくても、何となく生産者の顔が垣間見えること、そしてデパートの信用と相まって消費者に安心感を与えます。ドリンク茶「伊右衛門」はまさに福寿園の暖簾とサントリーの販売力を併せた商法で、大成功を納めました。
以来、京都茶業界では、暖簾貸し商法が流行りとなりました。二匹目を狙うもの、新たな営業努力で販路を拓くもの様々です。
セブンイレブンと祇園辻利(アイスクリーム)
セブンイレブンと丸久小山園(洋菓子類)
ロッテスノーと北川半兵衛商店(アイスクリーム)
日本たばこ産業と辻利一本店(ドリンク茶)
コカコーラと上林春松本店(ドリンク茶)・・・等々
いずれも「○○園の茶使用」と外装に謳っています。良い原料茶を供給し、美味しい商品でなければ、もとの暖簾の品格を落とす結果になってしまいます。
2007.9月更新
俗に「桃栗三年、柿八年。柚は九年の花盛り、梅は酸い酸い十三年、栗の大バカ十八年」などと言います。これは種子が発芽して最初の実をつけるまでの年月を表したもの。もっとも近年は品種改良や接ぎ木などの栽培技術が進歩し、いずれも3年ぐらいで結実するようになりました。では、茶は何年で茶摘みができるのでしょう。果実を採る桃や栗とは単純に比べられないものの、おおよそ「桃栗三年茶五年」とされています。
茶は雑種性が強いため実生法(播種)だと同一遺伝子型の個体を揃えることができません。優れた品種園を作るには挿し木が一番実用的な方法で図のように二節二葉に切って苗床に挿します。二年後茶園に定植してから手摘みなら三年後、鋏摘みなら刈り揃えのため五年後、それぞれやっと茶摘みが可能になります。

「桃栗三年、柿八年。善処検討十五年」とは、遅いお役所仕事を揶揄したものです。新品種が抹茶として商品化できるかどうか、実際に栽培して量産し、最終的な判断を下せるまでゆうに十五年はかかります。
2007.8月更新
60歳…還暦 十干と十二支を組み合わせた暦「干支」が60年で一回りする事から。
66歳…緑寿 六を緑に読み替え「緑緑歳」緑茶を飲んで長生きを。(まだ市民権のない言葉)
70歳・・・古希 杜甫の詩「曲江」にある「人生七十古来希なり」に因んだもの。
77歳・・・喜寿 喜の略字を七十七と書くことから。
80歳・・・傘寿 傘の略字を八十と書くことから。
88歳…米寿 米の字を分解すると八、十、八になるから。
90歳・・・卒寿 卒の略字を九十と書くことから。
99歳・・・白寿 百の字から一を引くと白になるから。
108歳・・・茶寿 茶の字を分解すると草冠は十が二つで20、その下を米に見立てて88。合計108(商標登録)
111歳・・・皇寿 皇の字を白、一、十、一に分解。白が99で合計111。
112歳・・・珍寿 112歳以上は珍しい。この先は毎年祝う。荘子の「椿寿(ちんじゅ)」からの造語か?
2007.7月更新
「男女の好みと、他人の趣味を笑ってはいけない」と言われます。あの人のどこがいいのと思っても、惹かれ合う何かが二人にある。それは他人には分からないのです。NHK「熱中人」という番組があります。端から見ればばかげたことに熱中しているようでも、本人は一生懸命。他人の趣味はさまざまだから笑ったり批判してはいけません。
「奈良線」というDVDを買いました。京都駅から奈良駅到着まで運転席から見た前方の線路が延々と続くだけの内容です。駅に停まったり動いたりの約40分それだけで終わりです。他に「関西本線」も買ったからもう完全なオタク扱い。しかし貸して欲しいと言う人が数人いて少し安心しました。
当社からの郵便には、40年間も記念切手を貼り続けています。趣味の王様と言われる切手蒐集も民営化されたら宅配便のシールを集めるようなものだからと今や全くの下火。発行数も減ったそうでやむなく普通切手を貼ると、すぐお問い合せが。些細な事でも心が通じ合うようで嬉しい限りです。
2007.7月更新
「宇治抹茶使用」と書かれたパン菓子類が流行りです。しかしここで使われている抹茶の大半は茶道用とは似て非なるもので、宇治抹茶に対する信頼を損ねかねない品質です。京都府茶業会議所は「抹茶とは覆い下茶園で栽培した碾茶を原料としたもの」と定義し、これ以外は抹茶と称してはいけないとしています。
ところがモガ(粗揉機だけで仕上げた茶)や、秋冬番茶などを原料にしたものが食品原料茶として出回っています。ユーザーの要求は安い方が良い。競って安価な抹茶を求めた結果がこの様な粗悪な品を作りだしてしまいました。単に「粉末茶使用」とすれば説明もつきますが、これを宇治抹茶と表示している点が問題になります。
この度地域団体商標「宇治茶」が認められました。これを機に茶業界も「宇治玉露入り」や「クロレラ抹茶」などに対し厳正な姿勢で臨むべきところでしょう。茶業者も売らんがために作るでは、さる国の農産品のように信用を失ってしまい、それからではもう遅いのです。
2007.6月更新
「中国屁をこきゃ日本が臭う」風下の悲哀です。4000年の歴史の中で、中国人は樹木を切るだけ切って植林をしなかった結果が、例えば黄河流域の荒廃を生みました。黄砂は砂塵だけでなく公害まで運んでくるから現地まで出向いて植林を続けているボランティアが日本に数多くあります。しかし中国人には森と自然を再生させようと言う意識は希薄だそうです。
雲南省昆明市で、伐採後のはげ山に緑色のペンキを吹き付けたという報道を見ました。彼らはこれを緑化と考えているのでしょうか。似非遊園地や偽ブランド作りに長けているとは言え、緑の大切さを誤解しています。さらに赤や黄色に塗られている岩肌もあって、これは金運を呼び込む「風水」らしい。
雲南と言えば茶の原産地とされる山深いところ。昆明市は最近、松茸の集荷地として知られ、その元締めは「昆明茶輸出公司」。過日松茸1s12箱入りの梱包を開ける機会があったのですが、すごい防腐剤の匂いでした。食べるのはどうせ日本人だから、そんな考えはないと思うのですが・・・
2007.5月更新
近年の製茶開始日(当社碾茶玉露園)を見ると、平成14年は4月30日、15年5月8日。平成16年は5月2日、17年5月7日。平成18年は5月12日というふうに、早い遅い早い遅いの繰り返しでした。ただし昨年18年は早い年の番で確かに萌芽は七日も早かったのに、5月の低温でダダ遅れになってしまいました。
今年は遅い番ですが、暖冬の時10日は早いという大方の予想でした。しかし満開桜に雪が降るという全国的な異常低温で結局スタートは遅くなってしまいました。これで2年続いて「冬暖かく、春寒い」という不自然な天候だったわけで、季節のメリハリ(寒暖)がおかしいと、樹勢にも影響がでます。またこういう年は急に暑くなってコワ葉化しやすいので、茶摘みは早め早めに進め、短期集中の忙しい製茶になりそうです。
新抹茶は6月1日(水)から、先ずは上級品より「小倉山」までを出荷。「四方の薫」以下は順次挽き上げていきます。定価表のご案内は5月中旬になりますが、卸価格の変更はありません。今年も御期待に沿える茶づくりに頑張ります。
2007.5月更新
桜が満開の頃から京都は大変なことになりました。観光客で身動きが取れなくなったのです。いつもは空いているホテルも外国からの団体客で溢れ、隣県の大津まで満杯になる有様でした。東山や嵐山のライトアップで市内は遅くまで車が渋滞。花街の先斗町や祇園町には「るるぶ」片手の若者が闊歩し、ハングルや中国語が大声で飛び交って、京情緒もなにもありませんでした。
ゴールデンウイークもきっと同じでしょう。これだけ人が多いと行政の対応が追いつかず、まさに観光シーズンに「京都へ来てはあきまへん」。梅雨の大原三千院、蝉時雨の嵐山大覚寺、紅葉前の栂尾高山寺、雪の金閣銀閣寺。ゆったりと仏の世界に浸るといえばかっこういいでしょうか。人が来ない時季こそ京都は最高です。
昨年の観光客は約五千万人。京都人気の理由は、「人々がスローライフを守ってきた環境の先進地であること。失いかけている心のバランスを取り戻せるところだから」(山田府知事)。それにしても流行りの観光茶席で、あのあわただしい一服であったことよ。
2007.4月更新
新茶前の今は茶業者の一番ヒマなとき。ヒマだから組合などの会合が集中してそれなりに忙しいのですが、皆が集まった挨拶は「あきまへん」ばかりです。地方商店街の不振が原因で「茶専門店の売り上げはジリ貧傾向にある」(全茶連情報)と。消費地が悪ければ産地も悪いわけで茶業界全般がまさに「あきまへん」
これまで茶専門店と大手量販店は棲み分けができていました。そこそこの茶で良いと考える人は他の食品と一緒に買えるスーパーを選び、味にこだわる人は専門店に行く。ところが両者の境界線がなくなりつつあるのです。昨年八十八夜新茶が高値にかかわらず大手スーパーでよく売れたそうで、量販店がもし本気で勝負を挑んできたらどれだけの専門店が受けて立てるでしょう。
若い人はドリンク茶を好みリーフを買ってくれる世代は高齢化が進んでいます。消費者は茶専門店に何を求めているのか。自店の経営コンセプトに合う産地問屋を選び「個性ある品揃えと売り方」を確立することが大切でしょう(一部全茶連「茶経塾」の意見です)
2007.4月更新
「有田みかん」のように地名と商品を組み合わせた商標。全国的にはマイナーな商品であっても隣接府県などで知られていれば登録が可能になりました(平成18年度改正商標法)。地域活性化のため団体商標への関心が高まっていますが、出願は農業協同組合や事業協同組合に限られ、企業や個人ではできません。
地域ブランド「食」の部門。消費者が選んだ実力ランキングが発表されました(日経流通新聞3/5)。
1)夕張メロン 2)魚沼産コシヒカリ 3)長崎カステラ 4)松坂牛肉 5)宇治茶 6)京の生八ッ橋 7)名古屋コーチン 8)静岡茶 9)長崎チャンポン 赤字が団体商標登録されているものです。京都茶協も宇治茶を申請中ですがまだ未登録です。
「茶」と聞けばどこの地名を思い浮かべるか?ジャンル別ランキングの結果は次の通りでした。
1)宇治茶 2)静岡茶 3)八女茶 4)掛川茶 5)うれしの茶 6)川根茶
宇治は更に一層努力せねばなりません。
菓子部門ランキング
1)長崎カステラ(長崎) 2)京の生八ッ橋(京都) 3)草加煎餅(埼玉) 4)京名菓八ッ橋・京の八ッ橋(京都) 5)吉野葛(奈良) 6)京みたらし団子(京都) 7)小城羊羹(佐賀) 8)京菓子(京都) 9)京あられ(京都) 10)京生菓子(京都)
その他加工食品ランキング
1)京ゆば(京都) 2)宇都宮餃子(栃木) 3)京とうふ(京都) 4)京麩(京都) 5)京の鯖寿司(京都) 6)飛騨高原牛乳(岐阜) 7)京の鱧寿司(京都) 8)京名物そばぼうろ(京都) 9)京あげ(京都) 10)祇園鯖すし(京都)
2007.3月更新
「今年の夏はことのほか暑く厳しい残暑になる」最近気象庁が発表した長期予報です。しかし私(素人予報官)によると「この夏はさほど暑くなく秋の訪れは早い」見込みです。気象庁とは正反対ですが、過去のヤママサ通信記録を証拠にあたる可能性は高いのです。
この考え方は積算温度。温暖化が叫ばれても年間の積算温度に極端な差はありません。つまり「暖冬で猛暑」とは考えにくいのです。同様に冬期の雨が少なかったので梅雨はしっかりと降る。こちらは積算雨量の考え方です。新茶は一週間以上早くなるでしょう。そしてこんな暖かい年ほど晩霜が心配です。新芽がよく伸びた分だけ霜害は大きくなり、結果として初茶の作柄はよくないと思います。
新茶は季節の寒暖がはっきりしているほど旨いとしたもので、この暖冬で茶樹はいわば寝不足気味。全般にミル芽不足で特徴のない無難な味になるでしょう。茶葉不振から相場は軟調予想。ドリンク茶も原料在庫はダブつき気味です。以上ひとつの見方としてご参考までに・・・
2007年3月更新
関西テレビの人気番組だった「あるある大辞典は」でっち上げのデータを使って納豆の効能を謳い大問題になっています。以前宇治茶の取材で小一時間ビデオを回されながら全部カットされたことがありました。編集方針に合わなかったと断り状が来ましたが番組には最初から一定の結論ありきで、私の話がその流れにそぐわなかったからでした。
京都新聞(2/4朝刊)によれば「タイアップといって取材される側におんぶする例もある」と指摘しています。旅番組とかグルメ番組に多く、製作会社(テレビ局)にとって取材費が浮くのがメリットです。しかしお返しとして番組の内容に手心が加わらないとも限りません。宣伝になるからと取材費の一部を協力することもあるでしょう。
「困ったときの京都特集」とはテレビでも雑誌でもネタが切れたときの急場しのぎです。その結果さほど美味しくもない店に行列ができたり、急に敷居と店主の鼻が高くなったり、苦笑しきりです。情報番組は後でガッカリしないよう少し引き算して判断するのが無難です。
2007年2月更新
初めて飲酒検知を受けました。普通の缶ビールを2本飲んだだけで数値は0.15、普段酒を呑まない家内はたった1本で0.23、いずれも酒気帯という結果でした。これは飲酒運転の体験講習でのこと。自分ではしっかりしているつもりでも、飲んだ後のブレーキ反応は倍以上遅くなりました。
他にも様々な検査があって飲酒運転の怖さが体験できる絶好の機会でした。何より婦警さんにビールを注いでもらいながら談笑するうちに、制服の婦警さんがスナックのお姉さんに見えてくるところが酒の魔力だ!と言うこともよくわかりました。興味があれば警察署にある交通安全協会へお問い合せを・・・・。
そしてスナックと言えば茶業者御用達のお店が相次いで廃業したのです。ホステスが帰りに飲酒運転で検挙されるとママも責任を負わねばなりません。酒を呑まないホステスなんて面白くないと、客足が激減したという話でした。飲酒事故は保険がおりません。もし従業員の飲酒運転を見逃したら、場合によっては会社も商店も“一発アウト”です。
2007年.1月更新
新年の干支は「丁亥」(ひのとい)です。十干も十二支も物の数え方ですが、十干は10進法、十二支は12進法それらを組み合わせた干支はいわば60進法です。この暦が60年で一周すると還暦となります。堺屋太一が命名した「団塊の世代」は昭和22年亥年から24年丑年に生まれた人達のことで十二支を締めくくるいのしし歳が今年いよいよ還暦を迎えます。
この世代は人数が多く常に厳しい競走にさらされてきました。定年後はゆっくり田舎で百姓をしたい、あるいは茶道や作陶などに没頭したいと考えている人が多いようです。しかしまだ体力も気力もありますから、それなりの分野でインパクトを与え続けるに違いありません。
「三丁目の夕日」という映画が評判になりました。ちょうど団塊の世代が育った昭和30年代が舞台で、お茶を飲む家族団らん、貧しいライスカレーに歓喜する子供たちの様子がかえって新鮮で、今の若い世代にも共感を呼んでいます。本物のお茶の味。きっと見直されることを信じ、今年もよろしくお願い申し上げます。
2007.1月更新
「武士の一分」(山田洋次監督)という映画が大ヒットだったそうです。藩主毒味役だった藩士(木村拓哉)が毒に当たり視力を失ってしまう。困窮した一家へさしのべられた救いの手は、実は美しく気立ての良い妻への卑劣な企みだった。一分とは面目のこと。すべてを失ってもこれだけは譲れないという、下級武士の名誉を守る話です。
金儲けのためには何でもありだった村上ファンドやホリエモン。彼らにはたった一分の一分もなかったという批判を、この映画を観た人は感じ取るのではないでしょうか?茶業会でも一部とはいえ未だ発色茶や着味茶、エセ無農薬茶を作る人がいます。また秋番を機械粉砕したようなまがい抹茶は積年の信用を崩しかねないし、流通ルートを無視した無節操な直販は消費地茶店や茶道具店の努力をないがしろにするものです。
「茶師の一分」とは何か。それは茶づくりだけでなく販売についても真摯であれ、と言うことだと思います。今年もご愛顧を賜り誠に有り難うございました。
2006.12月更新
「華甲」とは還暦のことです。「華」の字を分解すると、6つの十と一になります。合計すると六十一、つまり数え年の61歳を表します。「甲」は甲子の略で十干の最初である甲、十二支の最初である子それぞれの第一番目を表しています。茶道事典(淡交社)によると、還暦を祝して催される茶会の取り合わせには朱赤の物が用いられ、特に蟹のものは甲羅が赤いと言うわけで好んで使用されるとあります。
来年からいわゆる団塊の世代が還暦を迎えます。全国の茶道教授もこの世代が一番多いそうで、きっと「華甲の茶会」が各地で催されるはずです。趣向を凝らしてカニ絵の茶碗や蟹の蓋置などが用意されるでしょうけれど、還暦に相応しいお茶名がありません。
そこで「華甲の昔」と考えたのですが、「花香の昔」(かこうのむかし)と言う商標がすでに登録されていて同じ読み方なので使うことができません。代わって「華甲の白」(かこうのしろ)を問い合わせ中です。「還暦を迎え、髪が白くなるまでお元気で」という願いを込めて、是非用意したいお茶です。
2006.12月更新
どこの洋菓子店にも抹茶入りケーキやプリンが当たり前のように並んでいますが、以前はこうではありませんでした。今から30年余り前、洋菓子メーカーさんに提案したところ、「抹茶は苦い、渋い」という先入観から職人さんが取り合ってくれませんでした。しかたなく抹茶を無償提供し、ワンロット50個のクリスマスケーキを引き取る条件で試作をはじめました。
やがて抹茶ケーキの美味しさを理解していただいたのですが、いかんせん提供していた抹茶が「先陣の昔」では採算が取れないと、商品化には至りませんでした。現在は「松風」クラスを中心に和洋菓子に積極的に使われるようになりました。
本物の抹茶を使えば本物の味が出せます。しかし安ければ安いほどよいという要望に応えた一部の茶業者が(モガや秋番茶を機械粉砕した抹茶なるもの)を作り出してから、抹茶菓子の品質は二極分化してしまいました。さらに着色着香してはお客様の期待を裏切る結果となり、安物抹茶アイスが量販店から消えたように抹茶菓子の将来にも暗雲が・・・
2006.11月更新
「茶店」はふつう「ちゃてん」または「ちゃみせ」と読みますが、若い人は「さてん」です。これは喫茶店の慣用からくるものでしょう。同じように「茶道」も「さどう」と「ちゃどう」というふうに異なった読み方があります。ほとんどの人が「さどう」ですが、裏千家では「ちゃどう」と読みます。
国語大辞典(小学館)で「さどう」の項目を見ると@(安土桃山以降に)茶事をつかさどる役職としての茶頭(さどう)A茶の湯の道としての茶道(さどう)の二つの意味が書かれています。江戸時代以前は茶の湯のことを茶道というのは希であったらしく、また茶頭との混同を避けるため茶道は「ちゃどう」と発音されていたとあります。それが明治になって「サダウ」として定着してしまったようです。
武者小路千家は「茶の湯」と呼び「ちゃどう」も使います。表千家には特に決まりはなく「茶道は長い歴史のある文化であり、現代の基準で一つに決める必要はなく「そどう」と「ちゃどう」慣れ親しんだ方でどうぞ」(朝日新聞6/12教育欄)ということだそうです。これならずいぶん気が楽です。
2006.11月更新
書店は教養を売り、茶店は文化を売る店でなければならないと、常々思っています。それが文庫本を買って「千円からでよろしかったでしょうか」などと言われると、ここの店員教育はどうなっているのと嘆息が出てしまいます。いわゆる「マニュアル敬語」の不自然な使い方に警鐘を鳴らし、正しい敬語のあり方について文化審議会がこのほど指針案をまとめました。
一般的に「尊敬・謙譲・丁寧」と3分類されている敬語を5分類にしてお茶、お花など上品さを表すための言葉を美化語として区別することになりました。そこでお茶屋さんでひとつ疑問が生じました。「お抹茶、お煎茶、お番茶」とふだん何気なく使うけれど、「お玉露、お雁音、お沈粉」とは言いません。
習慣的におをつけるもの、つけたら不自然なもの、この使い方の区別が分かりますか?おをつけるものはお茶の種類に対してではなく、抹茶道、煎茶道、番茶道に見られる基本的なお茶の淹れ方の違い、つまり所作の美化と考えられます。日本語って難しい。
2006.10月更新
人の命や運勢はどんなものを食べていたかによって決まるといいます。戦争中に育った人は粗食に耐えたけれど、栄養不足から晩年は意外と脆い。戦後団塊世代は食べるのも競争で、食い溜めクセがついて、成人病に罹りやすい。飽食の時代に育った人は栄養過多で肥満に悩み先の平均寿命を短くする世代になるかも知れません。
腹一杯食べ栄養充分な民族はたくましく強健だけれど、ろくに食べる物がない国民はどうなるかは周知の通り。肉食で攻撃的な性格が強い狩猟民族。菜食中心の農耕民族は穏和で平和な人が多いとされています。そして「飲食」と言葉にあるように、飲み物と食べ物は一体です。
ある内科医は好みの飲食物の質をもとにして観相すれば、その人の人物像まで分かると言っています。コーラを飲みながら食事する人。回転寿司でジュースを飲む子供。理解できない組合せです。我が日本民族は茶を飲み野菜や魚を食べてきました。遺伝子に組み込まれた食生活を大切にすることが長命のもとでしょう。
2006.10月更新
ペットボトル茶のせいで家庭で急須の出番が少なくなりました。宇治炭山の京焼窯元では急須の注文が激減したと嘆いています。ところが一方清水坂などでは「夫婦茶碗」が京土産によく売れているそうです。急須が売れずに茶碗だけが売れる。何かちぐはぐな感じです。
緑茶に限らず烏龍茶でも紅茶でもそれぞれがもつ旨味を引き出すには専用の急須を欠かすことができません。急須には4つのタイプがあります。小振りで取っ手がなくわしづかみ風に用いる「宝瓶型(ほうひん)」茶の出口と取っ手が一直線に並んだ「後手型(うしろで)」。取っ手が横に付いた「横手型(よこて)」そして上に付いた「上手型(うわて)」です。
玉露などの高級茶には宝瓶が適しているし、横手は煎茶向き。後手で淹れると紅茶や烏龍茶はいかにも美味しそうです。土瓶ややかんは大勢の人に茶を淹すのに便利です。それぞれに適した急須を用い少し時間をかければ驚くほど美味しいお茶が飲めることを世間の人は知りません。夫婦茶碗にもし、ペットボトル茶が注がれるのなら、とても不幸なことです。
2006.10月更新
秋篠宮家親王殿下のお名前が決まりました。悠仁(ひさひと)さま。「悠」の字は「悠久・悠容・悠然」などの言葉に使われるように、ゆったりとしたという意味があります。「ゆったりとした気持ちで長く久しく人生を歩んでいくことを願われた」と新聞にありましたが、幾久しい皇室の繁栄を祈念するよいお名前と思います。
当園に「悠和の白」という茶銘があります。一昨年裏千家坐亡斎家元から頂戴した御好茶銘で、坐してともにお茶を楽しむという茶道の広い心が伝わってくる、すばらしい茶銘と感じ入っております。恐れ多いことですが、親王殿下のお名前がこの「悠和」から採られて「悠仁さま」あるいは「和仁さま」だとよいなと思っていたら、その通りになりました。
裏千家お家元は皇室とご姻戚であり、これほど名誉なことはありません。親王ご誕生祝いのお茶会が催されるときは、是非この「悠和の白」をお使い賜りたく、改めてお勧め申し上げる次第です。
2006.9月更新
悠和の白・・・30c缶1575円 150c缶7455円
全茶連発売の「水出し茶ポット」が好評です。茶葉に水を加え一晩冷蔵庫に入れておきます。旨み成分がゆっくり溶け出すので翌朝には冷たくて美味しいお茶が飲めます。煎茶なら一格上に感じるし、雁が音や沈粉、川柳やほうじ茶でもOKです。
ペットボトル茶の今年の流行は濃い味系や玉露系。少し前までサッパリ系や生茶が主流でしたがお茶と言うにはあまりにもかけ離れた薄い味でした。急須で淹れた本物に少しでも近づこうとしたのでしょうか?しかし苦渋さばかりが強調された濃い味だったり、玉露入りなどは旨味が全然ありません。このままだと本物の味まで誤解されてしまいそうです。
夏場は冷たいお茶が所望されるし利便性が最優先されます。消費者の急須離れを嘆くより、季節の入れ方を提案する方が得策かもしれません。全茶連ポットで冷茶を用意しておけば不意の来客にも対応できるし、空のペットボトルに移し替えればどこでも急須の味が楽しめます。今年からミニサイズ700ccが登場です。
2006.8月更新
天保6年(1835年)宇治郷小倉村へやってきた山本嘉兵衛翁は「さらえ」という碾茶の乾燥作業を見て自らもやってみました。ところが肥料充分な蒸茶葉は、粘着甚だしく小団子のように、丸まってしまいました。翁はこの失敗作を江戸へ持ち帰り「玉の露」と名付けて諸侯に贈ったところ大いに賞賛を得たといいます。
玉露は久しく高級茶の代名詞でしたが、バブルのころから徐々に売れなくなりました。その第一の原因は着味茶。いわゆる「味付け熱湯玉露」が出現し、本物の玉露まで消費者の信用を失うことになったのです。生産面でも、抹茶ブームで玉露から碾茶へシフトしつつありました。
ところが最近、玉露入りドリンクや玉露アイスなどの差別化商品が人気です。その味は玉露とは似て非なるものですが、「一度本物を飲みたい」と若者の注文が増えているのです。思わぬ人気回復で今年の玉露新茶は品不足。近年ない現象に玉露発祥当地は明るいムードです。特別高いものは要らない。1.2点おいてみられたら如何でしょう。
2006.7月更新
一番茶が終わり全国品評会に向かって準備が始まりました。品評会の審査手順は最初は外観順に並べることから始まります。内質がいかに優れた茶であっても外観で下位にランクされると、まず入賞できないとされたものです。いきおい出品者は外観を良くするため茶選りに奮闘せねばなりません。
出品茶は原料茶から悪い葉や茎を取り除くのではなく、良い葉だけを選りだしてきて集めるのです。今の多忙な時に20人手間とも30人手間ともいわれる膨大な無駄は品評会をして茶選り競争、主人の道楽と揶揄される所以です。正しいあり方に戻す方法は至極簡単、出品量を一口4sから10sに増やせばよいのです。
しかし大臣賞が欲しい人は猛反発。ただでさえ少ない出品点数がこれ以上減っては困ると農林役人も抵抗。そこで@「芸術作品の部」4sとA「製品の部」10sに分けるという苦肉の策が出ていますが、乱発大臣賞の値打ちがまた下がるだけ。品評会も試しに中止してみて、内質本意の茶づくりを考え直す時と思いますが・・・
2006.6月更新
京の町家(商家)には内玄関の横に小さい窓があります。外側からはただの格子にしか見えませんが中からは外の様子がよく分かるようになっています。来客があれば素早く身支度を整えて迎えることができるし、場合によっては居留守を使うことも可能で、便利なのぞき窓です。
この小窓を「嫁覗き」といいます。外出先から帰った姑が、そっと嫁の様子を覗き見したのがこの名前の由来だそうですが、決して意地悪な意味ではなく、嫁を見守る優しさだと聞いています。現代ならさしずめ「ドアスコープ」でしょうか。これは内側からの一方通行で嫁覗きのような情緒は感じられません。
親と別居する若夫婦が増えた今、嫁は婚家の習わしを体得することなくマイペース。外食とお総菜中心の食生活は、孫をして「ママの味はスーパーの味」と言わしめ食育の大前提までママは忘れてしまいそうです。つまり@お米を洗ってご飯を炊く。A昆布と鰹節で本物の出汁をとる。Bお茶は急須で淹れて味わう。せめてこれだけはお嫁にお節介を。
2006.6月更新
「山からトンビが(風呂敷担いで)来た・・・」つまり「山間部の茶農家を回って斡旋人さん(トンビ)が荒茶見本を持ってやってきた」という意味です。包みを開けると見本缶や時には筍や山菜などの山の幸がどっさり出てきて、子供の頃は魔法の風呂敷に思えたものです。
茶市場での入札販売が主流になる一方、今でも斡旋人による相対取引は根強く残っています。入札は最高値が落札するわけで一見合理的ですが、時間的な制約から中身より形状が重視されがちです。また共同工場の大型化は均質化を生み特長ある茶の出品が少なくなりました。一方斡旋人を通した場合は農家の顔が見えるし、消費者の声を届けることもできます。しかし、手間と時間が大変で、それぞれに一長一短があります。
もしか風呂敷とは、「もしかしたら予想以上に見本茶が集まるかも知れないし、ひょっとしたら土産をくれるかもしれない」そこで余分に持っていく風呂敷のことで、今年は山の生りもの、茶も不作だから、もしかしたら必要ないかもしれません。
2006.6月更新
新茶時期この連休を完全休業したのは初めてのことです。今年の萌芽宣言は例年より7日も早かったのに、4月の低温が影響して新芽は生育せず結局10日ほど遅れた進行となっています。5月は急に気温が上がるでしょうから後半集中型の製茶になりそうです。
露地園の芽立ちは粗く全般にミル芽少なく、タケ気味となり、減収の見通しです。一方碾茶や玉露は遅霜を心配して早い目に一枚目の覆いを拡げておきました。低温プラス覆いで伸育は押さえられましたが、覆下園の新芽はよく詰まり揃っています。しかしこれからは急に伸びるし手摘みですから作業に追われやはり、タケ気味になりそうです。
新茶相場は葉茶業界の不振もあって上級品は弱い。下級品だけは結果として増産になりそうなため先は弱気配。ボトル業界は強気で新茶宣伝に100億円使ったという噂ですが、時期の低温で「新茶ドリンク」は予想外の不振。低温も何が幸いするか分かりません。急須で淹れる新茶の美味しさ。本物を目指します。
2006.5月更新
「茶の見本をみる」「園相をみる」「あの人は茶をよくみる」などと何気なく言いますが、ではどの漢字を書いたらよいのか迷います。眼科学の権威、渡辺好政教授(岡山大学)は単なる眼球運動だけの「みる」から意思や心の動きが加わった「みる」までを詳しく分析。そしてそれぞれに当てはまる漢字があると、説明しています。先生による「みる」漢字の分類は・・・
1)見る・・・ただ目を開けてみるだけの状態。(見物)
2)視る・・・示されたものを注意してみる。(視点・視力)
3)観る・・・選択しながら視点を変えてみる。(観察)
4)覧る・・・観察しながらさらに広範囲をみる。(観覧)
5)診る・・・自らの知識や経験を生かし判断する。(診断)
6)看る・・・目の上に手が乗っていると書き、診るに思いやりが加わったもの。(看護・看取る)
漢和辞典をひもとくと、「みる」だけで20数個、それぞれに違う意味があります。漢字に込められた中国先達たちの深い洞察力に感心し、もっと漢字を学ぼうというのが先生の結論。「見る」一字ですまさずに・・・
2006.4月更新
僅か20年ほど前、わが国の食生活は理想的なスタイルでした。米を主食とし、水産物、畜産物、野菜等をしっかり食べ、お茶を飲み、栄養バランスも適正でした。ところが今はどうでしょう。栄養の偏り、不規則な食事、肥満や過度の痩身志向、食料の海外依存など、飽食ならぬ崩食の時代となりつつあります。
これではいけない。昨平成17年6月「食育基本法」が成立。食の教育は生きる上での基本であって、知育、徳育、体育の基礎となるべきものと位置付けられました。子供たちにとって初めて出会うものが記憶の基準になります。ペットボトル茶を飲んだ子供は、玉露の味を「キモイ」と言い、煎茶の味を「カライ」と表現します。
日本の食文化に根ざした食育を指導しないと、豊かな人間性の形成にも影響が出るでしょう。「義務食育」つまり@米を洗って加熱して炊飯する。A急須に茶葉を入れてお茶を出す。B昆布、いりこで出汁をとってみそ汁を作る。ごく当たり前の基本を教えることからスタートです。
2006.3月更新
牡蠣と鯖鮨が苦手という人は結構多い。かくいう私もそうですが、食べられない人に共通しているのは過去に中った経験があることです。生ガキによる腹痛は尋常ではないし、サバの生腐れによるジンマシンも相当なものです。好き嫌いと言うより先に、体の方が拒否してしまうのです。
数ある魚類の中でもサバは腐りやすい。一刻も早く売り切ってしまうために、魚市場では素早く数を数えて値を付けないといけません。そこでいわゆる鯖読み(2つずつ数えていく)という方法で数えました。しかし急ぐあまり数を間違えることもあったのでしょう。鯖読みは自分の利益になるように計算をごまかすと言う意味になってしまいました。
日本海の若狭であがったサバはひと塩をしていわゆる鯖街道を通って京へ運ばれました。鯖鮨は京都の名物。こんな旨いものを食わない手はないと勧められ、食中りの予防にと濃いめの煎茶を先に飲んでみました。すると何ともない。苦手を一つ克服した気分で、次は牡蠣に挑戦です。
2006.3月更新
商工会議所の研修で、パチンコ台リサイクル事業会社を見学。工場では釘一本にいたるまで高度に選別され、使える部品は再利用し金属や木くずなどは素材回収されていました。新品一台30万円の哀れな末路をみながら、ふとパチンコ台と茶箱の関係を思い出しました。
名古屋近郊は古くから温室栽培が盛んですが、戦時中は温室のガラスが光って敵機の目標になるというので取り外して地中に埋められてしまいました。また、当時の名古屋はベニヤ板の主産地。茶箱(輸出用)に使うベニヤ板はここで作られていましたが、戦後茶の輸出は振るわなくなり需要は激減しました。
近代パチンコ生みの親とされる、正村竹一。彼は茶箱用のベニヤ板と、パチンコ台がたまたま同じ寸法であったこと、利用されないままの温室ガラスが、多量にあったこと、これらを組み合わせてパチンコ台を作ることを思いついたのです。かくして戦後庶民の娯楽として大流行し、名古屋は全国一のパチンコ台生産地となりました。今や台はコンピューター制御、釘の調整はあまり関係ないそうな。
2006.2月更新
「卵に目鼻を付けたような、色白でかわいらしい顔かたち」と広辞苑にあります。主に少女の顔立ちについて、例えてこう表現した物です。思い出すと団塊世代が小学生だった頃はおかっぱ頭の鼻タレばかりで、色白の女の子などクラスに二人と存在しませんでした。まさにほとんどが「炭団に目鼻」といった生活環境だったのです。
長じて、瓜実顔とは「瓜の種に似た色白く中高でやや細面の美人」を表現したものです。現在の若い娘さんたちを見ると、お化粧は上手だしファッションも垢抜けて美人ばかりです。ところが団塊世代から見るとみんな同じ顔。同じ化粧方法に、同じ髪型、同じブランド品を持って、しゃべり方まで同じ。未だ娘の友達のAさんとBさんを見分けることができません。
現代の美人であっても、ペットボトル茶の立ち飲みだけはいただけません。品性と立ち居振る舞い、これがプラスされて初めて本物となります。楚々とした所作でお茶を出してくれた役所の女性。本当に美しいと思うし、実り多い会議になった気がします。
2006.2月更新
各地、理事長の「年頭所感」が日本茶業新聞に掲載されました。昨年まではペットボトルに対する恨み節ばかりでしたが、今年は茶葉の販売促進について一歩進んだ意見が目立っています。
茶業中央会長は「国の施策食育に於ける緑茶の重要性」を訴えながらも、緑茶飲料と茶葉との共存を模索する内容。「陶器と茶の生産地がタイアップして急須の普及を」(東京)「日本茶インストラクターを活用し緑茶ファンを開拓したい。」(静岡・愛知)「何事もお茶で始まる日本人。良い伝統と文化を伝えたい」(京都)「お茶の旨さを熟知している団塊世代。その定年退職に的を絞って新しい需要を創出したい」と力説する、鹿児島県理事長。
一方、谷本理事長(大阪)は「ペットボトル茶を作るには途方もないエネルギーが使われている。湯を沸かし急須で淹れるお茶がどれほど環境保全に役立っているか。ペットボトル茶を飲むことに誰もが少しは罪悪感を持ってもらう運動を提唱したい」と別の側面から切り込んだ主張に共感を覚えます。
2006.1月更新
新しい「戌」年を迎えました。戌の嗅覚は人間の3000倍とも5000倍ともいわれますが、実はいい加減なところもあって、例えば緑茶と紅茶を嗅ぎ分けることができません。犬が鋭く反応するのは「食べ物、敵、雌雄」など自分の生存に関わる臭いだけ。茶や花の匂いにはとんと鈍く、特別の訓練を受けない限り反応しないのです。
「京都の森田」と言えば、知る人ぞ知る茶香服往年の有力選手。茶の三要素は「香・味・色」ですが、彼は香りだけで産地や品種を嗅ぎ分けたことから「シェパード君」と呼ばれました。茶の鑑別能力を高めるには嗅覚を鍛える事が大切。と彼はいいます。茶香服京都大会、全国大会を目指して、地元茶業青年団でも練習会が始まります。
ところで、玉露を飲んだある人が「これは親父の匂いだ」と言いました。幼いころ嗅いだ香りはまた、長く記憶の奥にしまわれているものです。そんなお茶を作りたい。当社では茶づくりの基本をわすれず頑張ってまいります。今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
2006.1月更新
「茶業界に於ける勝ち組と負け組」イヤな表現ですが、今年は業者の明暗がはっきりした年でありました。緑茶飲料の原料茶供給グループ、加工用抹茶の安価量産グループ。、これらを勝ち組とするならば、茶通販とネット販売は健闘組、そして茶葉だけを扱う従前の茶問屋と専門店が負け組となるのでしょうか。
谷本陽蔵氏の主張(月刊「茶」12月号)は少なからずショックでした。「茶が売れないのを景気や流通のせいにして、生業としての茶業に死に物狂いの努力をする茶商は少ない」いわば「先祖の温もりで余命を繋いでいるようなものだ」と。茶商や茶農家の不勉強は品質の低下につながり、だから「茶を全く知らない連中に販路を奪われつつあるし、いずれ茶葉を全く使わない人工的茶飲料が出現するだろう」と。
氏の警告を反面教師として、茶専門店の将来は厳しくとも、信ずる道を進むしかありません。不器用でも真摯な茶づくりを続けることが大切と考えています。今年もご愛顧誠にありがとうございました。
2005.12月更新
宇治幼稚園ではユニークな園児保育で評判です。「幼いころに体験したことは一生の糧になる」という方針から、さまざまな行事が取り入れられています。元消防団長の理事長は園に幼年消防鼓笛隊を作りました。年長さんになると練習を重ね、新年の消防出初め式に親子揃って参加します。可愛い演技に市民の顔は微笑み、何より防火の誓いとなっています。
そしてこの秋から新たな試みとしてお茶のおけいこを始めました。来春の卒園を前に「さよなら園児茶会」を開き卒園児がお運びをして、お母さんやお父さんに感謝しようというものです。そのために理事長は自宅の茶室を移築し、園児たちが持ちやすいように、小振りの茶碗を清水焼窯元に別注しました。抹茶はいくらでも寄付があるし、お菓子は茶だんごです。
感心だったことは、お茶室に入った園児たちが何も教えないのに正座したこと。たおやかな様子は将来の日本女性を見るようでした。抹茶を苦いという子もいたけれど、宇治で育ったという、一生の思い出になればというのが園の願いです。
2005.12月更新
「キャノン」の社名は観音様に由来するらしい。前身、精密光学研究所の創立者が観音菩薩を信仰し、試作のカメラを「カンノン」と名付けたことに始まる、と読売新聞にありました。カンノンは他者(消費者)を思いやる広い心を教え、千手観音の像を会社のマークにしていた時期もあったといいます。
我が家のご本尊は「阿弥陀如来」墓参りでは「地蔵菩薩」にお線香をあげるし、「不動明王」や「帝釈天」さまにも参詣します。ごく当たり前のように手を合わせる諸仏尊ですが、家内たちにとって如来も菩薩も明王も諸天も区別が付きません。そこで私は、仏尊の違いを会社に例えて説明しています。
如来は「社長」一番くらいが高く衆生(社員)の生活を保証する。菩薩は「重役」、如来(社長)の補佐役を務める。明王は「部課長」、成績の上がらない社員を憤怒の相でしかる。諸天は「ガードマン」会社の警護を担当する。こんなことを考えながら、古都の寺庭巡りは楽しいものです。愛用のキャノンのデジカメを持って・・・
2005.12月更新
俗に「柿の木から落ちると悪いことがある」と言われます。柿の木はよく育ち、枝ぶりが良くて登りやすい。腕白ぼうずにとっては、格好の遊び場ですが、柿の木は折れやすいので落ちて大怪我することがあります。危ないからみだりに登ってはいけない、と戒められた言い伝えです。
我が家の富有柿、今年は大豊作。日毎に赤みも増して秋の陽に映えていきます。そういえばイチジクもザクロも豊作だったし、蜜柑も金柑も鈴なりです。当地では夏は陽射しが強かったけど雨量は十分で、秋のなり物にとって恵まれた気候でした。秋が良ければ春も良しとされるので来年の新茶は大いに期待できると思います。
富有柿は二股で枝ごと折り取ります。乱暴なようですが、実を付けた小枝はその年限りなので、この方が剪定も兼ねています。そして最後は全部切り取らず、高いところに一つだけ残しておきます。この実を「木守り」といい、一つを神様にお返しして来年の収穫を祈念します。豊満なザクロは、通りがかりの女性からずいぶん所望されました。
2005.11月更新
宇治市には22の公立小学校がありこのうち山間部2校を除いた20校の「湯飲み場」には、お茶専用の蛇口が設けられています。休み時間になると生徒たちが集まってきて、水の蛇口で先ずコップを洗い、次にお茶の蛇口をひねる。すると温かいお茶が流れ出て、皆でおいしいお茶をゴクゴク。
宇治ではごく普通の設備ですが、全国的には珍しいことらしく、先月朝日新聞が取り上げ、続いてテレビが全国放送したので、市教委区委員会に問い合わせが相次いでいます。これからの季節お茶でうがいをすると風邪予防になるし、なにより子供たちがお茶好きになって、加糖ジュースなどを飲まなくなります。
思い出すと昭和30年代はやかんにお茶が用意されていましたが、40年代頃からお茶の蛇口ができて、その後学校の新築や建て替えの際に増えていったようです。我が小倉小学校では月替わりで煎茶・ほうじ茶・玄米茶が出ます。学校にとって特別な設備が必要で、毎日の準備も大変。そして茶葉は宇治商組合やOBの茶店がそれぞれ寄贈しています。
2005.11月更新
ふつう三等賞を取ったといえば順位は上から3番目。運動会なら「まあよく頑張った」と息子の頭を撫でようもの。ところが茶品評会で三等賞は上から何番目なのか、実は分かりにくいのです。全国茶品評会の場合、出品点数の30%を入賞とし、5%を一等10%を二等、15%を三等に振り分けます。今年の煎茶10s部門では、一等に13点二等に26点三等に37点が入賞しました。
しかし表彰状には「3等賞」としか書かれません。知らない人はそれを見て上から3番目の成績かと思いますが、本当は40位から77位の間だったと言うわけです。誰でも自分の成績を良くいいたい。表彰状に権威を付けたい。古くからの慣行が続いています。
品評会の上位入賞が開催産地に偏ること、審査が表彰状本意なので個性ある茶が評価されないこと、商社宣伝のための”大臣賞”などへの疑問から出品点数が年々漸減し参加に熱心なのは同じ顔ぶればかり。品評会は所詮お祭りと揶揄される今、縮小廃止も含め根本的にあり方を見直す必要を感じます。
2005.10月更新
酒と筍の名産地には地震が多いといわれます。いずれも活断層上に位置しているからで、断層平野部は酒造りに適したメイスイが湧き出るし、丘陵部は相次ぐ地崩れを防ぐため、先人は竹林を育てて地盤改良を図りました。灘は先の阪神大震災で、伏見は古く伏見大震災でやられ、太閤秀吉の伏見城もこの時壊れました。
伏見城のあった桃山丘陵を西にとれば筍の長岡京市、南にとれば宇治市です。宇治の茶園は宇治川断層や黄檗断層上にあった竹藪を拓いたもの。京都大学防災研究所の河田恵昭教授は、歴史の記録からも東南海地震までに京都地震が発生する可能性が高いと警告。怖いことです。
阪神大震災の時、神戸の取引先へ行きました。半月以上も過ぎていたのにまだ頭上からガラスは落ちてくるし、店舗内は抹茶碗が全て割れ、ショーケースが折り重なって倒れ、どこから片付けていいか、悲惨な状況でした。防災九月には訓練が行われたけれど、喉元過ぎれば何とやら。災害は忘れなくてもやってくるので、お店の自己防衛を・・・。
2005.10月更新
「悪貨は良貨を駆逐する」という法則。例えば金の含有量が多い金貨と少ない金貨が同一の貨幣価値で流通している場合、金の多い良貨は鋳つぶされたり退蔵されたりして姿を消し、金の少ない悪貨だけが流通するという現象。乱暴な言い方ですが、国産の商品がいつの間にか安い中国製にとって代わられていたようなものです。
JA京都茶市場の発表によれば今年の碾茶は一番茶で10%二番茶で32%も数量が増加しました。これに統計外の「秋製てん茶」なるものを加えると、下級碾茶の生産はものすごい量になります。抹茶加工品ブームが高まり、より安価な碾茶需要が旺盛な結果です。
これら粗製碾茶の品質は推して知るべし。安ければよいでは抹茶本来の香味を加工品に生かすことはできません。観光地のおみやげ品にも「抹茶なんとか」がいかに増えたことか。粗悪なものが席巻したら、本当に美味しい物も一緒くたに「抹茶入りはまずい」となってブームの風船が萎むのも早い。高くても本物を作らなければなりません。
2005.9月更新
鯛のようなご馳走でも、一人で食べるのではおいしくない。転じて、貧しい食事でも家族揃って食べることができれば、これに優るご馳走はありません。一家団欒は最高のおかずなのに、今や子供たちの食事時間はバラバラ、おかずも別々。家庭内の「孤食と個食」はいっそう進んでしまいました。
老母が入院していた病室は殆どが経管食でした。味わうことも飲み込むこともできない人ばかりでしたが、時間になると看護婦さんが大きい声で「皆さん食事ですよ」。そして管のバルブを緩めるのですが、この呼びかけが無意識のうちに食べる力を与えるのだそうです。少し元気な人は介護椅子で輪になっておやつです。皆で食べることが回復につながるとヘルパーさんが強調していました。
ひとときお茶を飲む時も、食べる時も、大勢揃っての方がおいしい。ほんのひと昔前なら、家長がとっておきのお茶を淹れて家族を前に御託を並べる。それが団欒の始まりでした。天下一の『玉露も一人は旨からず』いよいよ茶の需要期です。
2005.9月更新
アメリカ生まれのフランス育ち、我が家の友人ジェイソン君は大の抹茶好きです。彼が初めて抹茶を飲んで一番驚いたのは、その味より中身がドロリと濁っていることでした。欧州では温かい飲み物はさらりと澄んでいるものであり、ドロドロした飲み物は全く異質なものらしい。因みにポタージュスープは食べ物に分類されるそうで、彼によれば甘酒や濁り酒は食べ物であって「飲み物ではない」と主張。
次に驚いたのは冷用抹茶だという。もともとアメリカにアイスコーヒーはないし、イギリスにアイスティーはない。そういえば中国にアイスウーロン茶はありません。「本来温かい飲み物を冷やして飲む」日本人のこの習慣が不思議だという。しかし暑い京都の夏に彼の体が納得していったようで、今ではロック抹茶を喜んで飲んでいます。
パリの和風カフェに抹茶を送っていますが、人気は今ひとつ。クールグリーンやアイスクリームは好評ですから、パリっ子が馴染みにくいのは味ではなく、抹茶のドロドロ感ではないかと思っています。
2005.8月更新
旧暦は月の満ち欠けを基準にしているから、一ヶ月は最大でも30日しかありません。そのために2〜3年に一度は閏月を加えなければならず、年によっては1年に13ヶ月もありました。だから新暦(太陽暦)とのズレは毎年まちまちで、旧暦の月日が新暦の何月何日にあたるのかは「新旧年月日対照表」でいちいち調べなければなりません。
徳川将軍家の御茶壺道中は東海道をおおよそ11泊12日をかけ新暦6月中頃宇治に到着。そして6月末頃宇治を出発し、帰路は7月の暑気を避けて中山道から甲州街道を経由して江戸へ下っていきました。宇治滞在の日付が年によって大幅に異なっていたのは記録が旧暦によるためでした。
郷土史家、若原英弌氏がこれを新暦に直して調べたところ、毎年ほぼ一定の日取りとなり、御茶壺道中は新茶の季節に基づいた、きわめて計画性の高い行事であった事がわかりました。幕府の命により、御茶壺(碾茶)出発まで、玉露煎茶を含めた宇治新茶の出荷は禁じられ、庶民が新茶を飲めたのは新暦7月になってからでした。
2005.7月更新
「ここで小便するな」と書いてあると、ついそこでしたくなるのが酔っぱらいの性。何度張り紙しても不心得者が後を絶たないので、かわりに鳥居が置かれるようになりました。まさか神聖な鳥居にひっかける奴はいないだろうと、誰かが考えついたのが始まりです。しかも赤い鳥居だと目立つし、お稲荷さんの罰が当たって一物が腫れると、立ち小便除けのおまじないになりました。
様々なおまじないも始まりは単純な理由です。宇治川の上流、宇治田原町では「茶」の一文字を半紙に筆で書き、これを逆さにして部屋の四隅の壁あるいは出入口に貼ります。するとムカデなどの侵入を防ぐ、虫除けの効果があるらしい。茶の文字が108を意味するのはご存じの通り。古老の話では俗に百本の足があるとされているムカデが逆さ茶文字に鉢合わせして「数で負けた」と退散するからだとか。
茶は招福。中国では茶のおめでたい文字を玄関に掛けておきます。逆さ茶文字は招福の逆。つまり邪悪の侵入を防ぐおまじないになると言う説がありますが、本当かどうか?
※茶の字「草冠」が20、∧と十と八で88、たして108です。
2005.6月更新
天皇陛下から勲章受章者や功績のあった人らに下賜される煙草を「恩賜の煙草」と言います。ところがありがたい煙草も吸わない人にはもらっても仕方ないし、第一体に害のあるものを国民に下賜するのはどうもという理由から、平成18年度末でもって廃止すると宮内庁が発表しました。
実は嫌煙運動が盛んになった昭和62年煙草を別のものに代えるべく検討されたことがありました。候補として@日本酒A和菓子(干菓子)B日本茶が挙がりましたが、酒は飲酒を奨励するようだし、菓子は痛みやすいという理由から、結果は従来通りの煙草が踏襲されました。茶は健康に優れた保健飲料であり嵩張らず保存もきくのになぜか採用には至りませんでした。
品位ある皇室らしい下賜品として日本茶は最適だと思います。産地の利害にとらわれず、広い視野に立って全茶連あたりが中心に宮内庁へ働きかけてほしい。家族やお世話になった人たちを囲んで『恩賜の茶』を飲む。ほのぼのと嬉しさが伝わってくるではありませんか。
2005.6月更新
「摘んだ茶葉を発酵させたものが紅茶、緑茶は不発酵である」などと、我々はごく当たり前のように説明しています。しかしここに大きな間違いがあることに気付かねばなりません。発酵とは「乳酸菌・カビ・酵母菌などの微生物によって有機化合物がアルコール類や有機酸類などに変化する作用」を意味します。
茶葉のいわゆる発酵には微生物の関与がないのでこれを「発酵」と表現するのは実は誤り。正しくは「酸化作用」とするべきです。つまり「茶葉に含まれる酸化酵素や加水分解酵素などが活性化し茶の成分が生化学的に変化すること」を応用したものです。烏龍茶や紅茶製造の際の発酵操作とは、本来の発酵の定義とは異なるもので、当初不用意に使ったが為に間違いが通ってしまいました。
しかしながら、俗に漬物茶に分類されている碁石茶(高知県)や阿波番茶(徳島県)、後発酵茶のバタバタ茶(富山県)や黒茶(プアール茶)などはいずれも微生物発酵茶であり、ここに茶の奥深さがあります。
2005.5月更新
近年の製茶開始日(当社碾茶玉露園)を見ると、平成13年は5月7日、14年は4月30日、15年は5月8日、16年は5月2日、そして今年は5月7日から製茶を始めました。平成は茶が遅くて不作の奇数年と、茶が早くて豊作の偶数年が交互に来ています。おしなべて年々製茶が早くなっているのは、ミル芽摘みの奨励と近在宅地化による温暖化の影響かと思われます。
作柄は平年並みで豊作型ではありませんが、品質の良い香気の優れた茶が出来ています。製茶前倒し短期決戦型になる今年は、後半のコワ葉化が進みやすいので、早め早めの茶摘みで対応するつもりです。山城煎茶相場は、産地表示の関係で強含み。大手がドリンク用に青田買いしているので中級品以下も割高です。
新抹茶は先ず上級品から「小倉山」までを出荷、「四方の薫」以下は順次挽き上げていきます。予めご予約下されば優先発送致します。定価表の御案内は5月中旬頃になりますが卸価格の変更はありません。今年も茶づくり頑張ります。
2005.5月更新
松坂市で講演した桂文珍がお土産をもらいました。市長から直々に手渡されたこと、松坂、そしてズシリと重い包みだったことから、文珍師匠「今夜は松阪牛ですき焼きだ」と喜んで家に電話をしました。やがて卵を溶いて待っていた家族の前でおもむろに包みを解くと、入っていたのは伊勢名物「赤福餅」だったという話。
思い込むことと、それが期待と違ったときの落胆はとても大きい。宇治の川畔、一流の料理旅館とくれば誰でも美味しい宇治茶が飲めると期待します。ところが出されたのは川柳に近い煎茶。宇治でお茶がまずかったというクレームは、茶業者にとって由々しき問題なので、観光協会を通じて善処を申し入れていますが今一歩です。
評判一流、茶も一流。あがり良ければ寿司も善し。出されるお茶は料理の内容を推し量るバロメーターです。過度の期待をしないためにも、先ずお茶を飲んでみましょう。先日「こだわりの創作料理」なるものへ行って、出されたのが濃い着味茶。食べる前から店主の感覚にがっかりしてしまいました。
2005.4月更新
新茶期を前にまたぞろ産地表示問題が紙上を賑わしています。しかし茶産地がどこかを論議するより茶でない茶(茶外茶)が堂々と“茶”として売られていることの方が不当表示であり我々茶業者はこちらをもっと問題にせねばなりません。
中国の「虫糞茶」(ちゅうふんちゃ)茶葉を食わせた蚕の糞を乾燥加工した物で、マスコミはこれを茶と紹介している。「昆布茶」。茶とは全く異質なのに茶店で当たり前のように売っている。人気の「黒大豆茶」。この言い方に倣えばコーヒーは「珈琲豆茶」とせねばならない。甜茶(てんちゃ)杜仲茶(とちゅうちゃ)十六茶。放っておけば茶という言葉はどんどん一人歩きしてまがい茶までが正しい茶になってしまいます。
「茶葉」をちゃばと繰り返すCM。学術的にも正しくはちゃようと読みますが、茶業者ですら「ちゃばちゃば」樋口一葉もいちようです。たった一度お買い上げで宮内庁御用達になったり、創業百年がいつの間にか二百年になっている不思議。誤った情報でも繰り返し伝えられると本物に化けることの怖さです。
2005.3月更新
お茶を贈るときお供養やお供えなど主に仏事に使う地方と、茶は縁起物だからと慶事に使う地方と様々です。北九州では「結納茶」といって結納に茶を添える習慣があり、結納を「茶のもの」と表現したり、親戚に披露する儀式を「お茶披露」という地域もあるそうです。
中国、明代の許次紓(キョジショ)が著した「茶疏(ちゃそ)」にこう書いてあります。「茶は移植ができない。植えたあとは必ず種子を採って殖やす。古人が茶をもって結納としたのは、茶が不移殖子(移らず子を殖やす)だからだ」と。つまり「移植ができない茶樹にあやかり、いったん嫁いだら決してその家を出ず、茶が実生で殖えるように子を産み殖やしてほしい」という昔も今も親の願いは同じです。
大陸からは茶とともに様々な文化や習慣が伝わりました。しかし結納茶のような良い伝統が九州にしか残っていないのは残念です。かつて製茶時、茶摘み娘と焙炉師(ほいろし)が近在から集まりロマンスが生まれました。宇治は茶どころ縁どころ。これが「茶縁」茶が取り持つ縁という意味です。
2005.3月更新
哺乳類とそれ以外の動物との決定的な違いは「吸う」ことにあります。哺乳類は母乳から栄養を摂るために吸って飲む能力を身につけました。しかし、鳥類や爬虫類は卵生ですから、例えば水を飲むとき吸うことができません。鳥は水を口に含んでは上を向き、くちばしをパクパクさせ引力を利用して流し込んで飲みます。
人間はこの両方の飲み方ができるから適当に使い分けています。しかし徐々に「吸う」から「流し込む」方へ移っているようです。かつてジュース瓶にはストローが添えられたのに、昨今ペットボトルはいわゆるラッパ飲み。利便性が求められる裏には、母親の乳房を吸わない、哺乳瓶育ちが増えたからという分析があります。
お茶の美味しい飲み方は、急須から茶碗に注ぎ分け、すすり飲みで熱さを調節し、口に含んで香味を楽しむ。ここに茶の作法が生まれ、飲む文化が育ちました。奈良西大寺の大茶盛。大量の茶を思わず吐き戻す女性もあって、これがオッサンの次だったら嫌がられるだろうなと、吸う飲み方を、ふと感じた次第。
2005.2月更新
国宝平等院阿弥陀堂は屋根飾りに鳳凰が使われているので鳳凰堂とも呼ばれむしろこの名の方が知られています。鳳凰は古来中国に於いて、麒麟、亀、龍、とともに尊ばれた空想上の瑞鳥で、天下泰平の時に現れると言います。新一万円札に我が鳳凰がデザインされた理由は、いまや飛び立たんとする姿が悠久の発展を象徴しているからかもしれません。
鳳凰は鳳が雄鶏(おすどり)凰が雌鶏(めすどり)。いずれも訓はおおとりで、お堂に向かって右に雄、左に雌がそれぞれ向かい合っています。1万円札は左向きだから、これは雌鶏と判断されます。また、5000円札に女性の樋口一葉が登場したことは、女性の活躍と評価の高まりを示しています。
冬ソナ、ヨン様ブームは新春も続き、団塊女性の凄いパワーを感じます。少し流されやすい側面もありますが、求めるのは往年の清純さ。忘れかけた恋の原点を彼女らが思いだしたように、ふと茶づくりも皆が原点に立ち返る大切さを感じています。かしましいメンドリにはオンドリの一声が。酉年もどうぞよろしくお引立ての程を、お願い申し上げます。
2005.1月更新
茶の字を分解すると八十八となり草冠の二十を足すと百八、これが「茶寿」のいわれです。緑茶を飲んだら108歳まで長生きできる。そしてめでたく茶寿を迎えることができたなら、近所親戚にお祝いの茶を配っていただく。茶業者の宣伝が効いて「茶寿の祝い」という言葉も少しは一般に浸透してきました。
ところが、108歳まで生きる人はやはり少なくて、贈答品販売という意味ではもう一つインパクトがたりません。そこで草冠の「十十」をふたりが手をつないで立っている姿と見ます。つまり茶の字は夫婦がそろって元気に八十八歳を迎えたさまをあらわしていると見るのです。夫が米寿を迎え、数年後に妻も米寿を迎える。これは逆でも構いませんが、夫婦がともに米寿を迎えたとき「茶寿」として祝っていただきます。
昨今の観光地は高齢者ばかり。全国の茶どころが「茶寿祈願茶」を売れば茶への関心も深まるでしょう。茶はまた108の煩悩を除去するといわれます。除夜の鐘が高く響くようあと一頑張りです。
2004.12月更新
エッセイストの横森理香(41)さんが言う。「ブランドに頼るのは自分に自信が持てない現れだって気付いたのよね。だから、バッグ、時計、毛皮みんな処分した。私の彼はパイロットだとか、外車に乗っているとか、学歴や肩書きだってそう。全部のタグをはずして並べてみたら、本当に良い物だけが見えてくる」と。
質屋組合「歳末ブランド市」には女性があふれ、不景気でもブランド品だけは飛ぶ売れ行きです。日本人はブランド志向が強い。自分で物を見分ける力がないから、とりあえず世間が良いとする物は良いだろうと、右へ倣うのだそうです。「ヴィトンやシャネルだって、みんなが持てば、ただの買い物バッグ」だし「一度は乗りたいベンツもドイツへ行けば大衆車」です。
デパートの名店街を歩いてみてください。『農林水産大臣賞受賞、博覧会金牌受賞、宮内庁御用達、創業400年』などという店の何と多いこと。それはそれで凄いことですが、猥雑な形容詞を一切捨ててみる勇気が有れば、お客様の本当の評価が分かると思うのですが。
2004.11月更新
「ペットボトルに緑茶飲料にビタミンCが入っているが、どんな効果があるのか」日本食品添加物協会にこんな問い合わせが相次いでいるそうです。ビタミンCと言えば消費者は「体に良い」というイメージを抱きがちですが、ペットボトル緑茶飲料に添加される目的は「酸化防止」平たく言えば茶の水色の劣化を防ぐ防腐剤効果です。
食品衛生法では食品添加物を羅列表示する義務がありますが、何のために添加するのかは書かなくて良いことになっています。消費者がビタミンC添加は栄養強化のためと誤解するなら、正しい表示方法とは言えません。メーカーによっては、カッコ書きで「ビタミンC(酸化防止剤)」と表記されていて、ここに企業の姿勢が見えてきます。
ビタミンCは熱や水に弱く加熱殺菌されるペットボトル緑茶飲料では殆どゼロになるし烏龍茶や紅茶は萎凋や発酵の工程で分解されてしまいます。一番多く含まれるのは露地栽培される煎茶で(乾物量で100c中250r)。急須でお茶を入れて自然のままのビタミンを摂取することが大切です。
2004.11月更新
冬眠する動物は冬の到来を何らかの手がかりにより知ると言います。そして寒さと絶食に耐えるため、食いだめして栄養を蓄えマス。この秋ツキノワグマが人里に多く出没するのは山にエサがないから。ではエサに困らないと熊はどうなるのか。動物園では冬もリンゴ、馬肉、熊用ペットフードなどを与えるので、熊は冬眠しなくなります。
一方植物が種や芽のまま冬を越すのは「休眠」と言います。暑さ寒さ乾燥など成長に適さない環境に置かれると一時的に活動を停止させます。大賀ハスのように蓮の実が千年を経て発芽する生命力はまさに植物の不思議です。
茶樹も休眠します。そして春に芽吹くとき冬の寒暖どちらが品質に良い環境を与えるのか、実はこんな研究をした人はありません。経験的に「茶は季節のメリハリがハッキリしている方がよい」「暖冬の茶は寝ぼけている」と表現されますから、やはり冬は寒い方がよい。猛暑の裏返しで今冬はきっと寒くなって良い茶が期待できる。山城は豪雨や台風の被害もなく、ありがたいことです。
2004.11月更新
茶の香りがなくなった
茶香服。他に「茶歌舞伎・闘茶・きき茶・お茶飲みコンクール」などと表現しますが、正式には「煎出液服用による茶の鑑別」(茶審査技術競技大会)と言います。要するに茶を飲んで銘柄、種類、産地などを当てる競技で、歴史的には鎌倉末期から室町時代まで溯ることができます。
茶を鑑別するポイントは水色、味、香りの違いを知ることで、なかでも大切なのは茶香服と書いて字のごとく、香りを掴む事です。ところが近年の茶は「地香(ぢか)品種香(ひんしゅか)下木香(したきか)萎凋香(いちょうか)覆い香(おおいか)」など特徴のある香りが少なくなりました。その原因は ○品種「やぶきた」への偏向 ○大量製茶による均質化 ○深蒸しによる不自然な水色 ○品評会の弊害と言われる形状重視などが考えられます。
特に注目すべきは緑茶飲料(ドリンク)が茶の香りを奪った事です。原料下級茶の番臭や焦げ香、あるいは着香を嗅いで「これが緑茶なんだ」と刷り込まれた若い人たちは、日本茶本来の素晴らしい香気を知ることがありません。茶業界のみなさん一度緑茶飲料(ドリンク)で茶香服をやってみてはいかがですか。
2004.10月更新
当地の宣伝をさせて下さい。宇治市は「お茶のまち、世界遺産のまち、源氏ロマンのまち」などとして知られていますが、市役所では新たに「貨幣(おかね)のまち」をキャッチフレーズに加えることにしました。それは11月1日に発行される、新一万円札の裏面に宇治平等院鳳凰堂の屋根飾り「鳳凰」が登場するからです。我が国紙幣や貨幣には偉人の肖像画や富士山の他に、先人が作り(しかも実在している)ものが全部で5種類デザインされています。
@10円玉裏面の平等院鳳凰堂
A2000円札表の沖縄守礼之門
B2000円札裏の源氏物語絵巻
C新・5000円札裏の尾形光琳「燕子花図(かきつばたず)」
D新・10000円札裏の鳳凰です。
これら5点の内実に3点が宇治のモノなのです。
これを宣伝に使わない手はない。市では一万円札発行を、絶好の機会ととらえています。しかし4年前2000円札発行の時、那覇市(表面)と宇治市(裏面)が揃って町起こしを図ったけれど思わぬ2000円札不人気で、ズッコケてしまいました。今度こそと力が入ります。
2004.10月更新
坐亡斎御家元に今年丹精の茶を献上申し上げたところ、大変ご好評をいただき、この度次の茶銘を賜りました。つきまして平成16年10月1日より新たに発売させていただきますのでご案内申し上げます。
御濃茶 千里の昔(せんりのむかし)3,150円 30c缶税込み上代
御薄茶 悠和の白(ゆうわのしろ) 1,575円 30c缶税込み上代
「千里」とは一里の千倍、転じて千里におよぶほどの広い地域を意味します。銘「千里の昔」はあまねく天下に響く茶銘であるよう、また「千里」が「千利休居士」に韻が通じるところから、長い歴史に恥じない茶づくりに専念せよ。との思し召しであると存じます。
「悠」という文字が悠久や悠然という言葉に使われているように、銘「悠和の白」はゆったりとした落ち着いたさまを表しています。坐して共にお茶を楽しむという、茶道の広い心が伝わってくるお茶銘です。秋のお茶会を控え、裏千家社中様に、坐亡斎家元御好の銘茶を是非お勧め下さいませ。
2004.9月更新
茶業者が奉る茶祖は宋から茶種を伝えた栄西禅師(えいさいぜんじ)と、その茶を全国へ広めた明恵上人(みょうえしょうにん)の二人です。上人は栂尾高山寺の開祖であり宇治に茶園を拓いた恩人。「茶には十徳がある」と茶の効用を称え、喫茶の習慣(抹茶法)は禅を修行する僧から始まりました。
@諸天加護 A父母孝養 B悪魔降伏 C睡眠自除 D五臓調和
E無病息災 F朋友和合 G正心修身 H煩悩消滅 I臨終不乱
「茶十徳」には精神修養的なものが多くありこれが後世茶道の基になったとされています。分かりにくいのはB悪魔降伏ですが、長時間座禅を続けていると幻覚や幻聴に悩まされるらしく、これを悪魔と見立てたもの。G正心修身とは毎日茶を飲んでいると健全な意志と礼節を守る人間になれる。すると@諸天加護、神仏のあらゆる加護をいただくことができ、I臨終不乱、最後にあたっても立派に往生できるという訳です。
2004.9月更新
夏の体験座禅はとても爽やかです。蝉時雨しか聞こえない静寂の禅堂に座すと、つい睡魔が襲ってきてこれが実に心地よい。しかし修行僧にとって眠気は禁物、他に邪念や空腹にも打ち勝たねばなりません。鎌倉時代初め、茶を日本に伝えた臨済宗祖栄西禅師は「茶は禅の修行に欠かせない飲み物(くすり)」と大いに喫茶(抹茶法)を奨励しました。
茶を飲む習慣は禅僧に始まり、茶には『不眠・消化・不発』の三徳があるとその効能が称えられました。@不眠とは茶カフェインの穏やかな興奮作用が座禅中の眠気を払うのに効いたのでしょう。A消化とは茶カテキンは腸内のビフィズス菌の成長を促し消化を助けます。痔が「寺の病」といわれるように、運動不足になりがちな禅僧にとって消化は大切な要素だったのです。B不発とは淫らな考えを払うという意味。茶は精神の均衡を保つ効果があるので、邪念を払い修行に集中する事ができました。喫茶の習慣は禅僧から平安貴族へ、やがて茶道の確立とともに、武家社会から庶民へと広まりました。
2004.8月更新
「伊右衛門」がすごい売れ行きです。サントリーが兜沁園とタイアップした商品で、福寿園の初代「福井伊右衛門」がネーミングの由来。そう言えばサントリーの社名も、創業者鳥井伸治郎が「トリイさん」と呼ばれていたのをもじった物。先祖を敬う事は大切ですが、やや安直な決め方。しかし宣伝効果はさすがです。
伊右衛門の原料茶仕入れは、京都府と隣接の奈良県、三重県が主。もともと下茶生産が少ない産地に大量の買いが入って、今年は下級品相場が暴騰してしまいました。大阪、京都の市街へ安い常茶を卸している零細問屋は仕入れが出来ず、これでは商売が出来ないと悲鳴を上げています。
福寿園社長は、京都府茶業会議所の現会頭。「茶業界の発展はリーフにかかっている」という持論も最近とみに歯切れが悪い。皮肉なことに「ほんまもん宇治茶」(京茶協)も大好評で、利便性を求める消費者に、リーフ(葉茶)苦戦を感じます。単なる水分補給でなく、夏でもお茶を飲む文化、心のゆとりを訴えたいものです。
2004.7月更新
子供のころ他家の夏みかんやイチジクを採って食べたものです。見つかると一応は怒られるけど、小さい盗人にお咎めはありませんでした。そんな思い出から、当社駐車場には、柿、金柑、ザクロなどを植えて、その気になれば子供の手でも採ることができるようになっています。
ところが子供は見向きもしない。代わって大人が枝ごと盗っていきます。しかも鳥がつつく熟れ頃にゴソっとやられるのです。近在の畑では旬のジャガイモや玉ネギがが畝ごと無くなるし、もっと困るのは新植茶園の幼木が引き抜かれることです。盆栽か鉢植えに適した大きさの、3年生ぐらいに育った木が狙われます。梅雨の今頃がさし木の時期ですが、苗床から茶園に定植して、これを抜かれたら数年の丹精も水の泡です。
市街化が進んで、今まで考えられなかった問題に悩まされています。茶園の火事(煙草のポイ捨て)沃土盗り(趣味の園芸)玉露新芽の枝折り(料理の食材)など、柿どろぼうなら許せるけれど、頭の黒い猿の出没には困ってしまって愚痴を一言。
2004.7月更新
「1日がだらだらと長い。しかし1年はとても早くすぎてしまう」こう感じるようになると年をとった証拠だと言われます。去年何をしたか、特に何もしなかったから記憶もなく、結局早い1年だったと感じるのです。若いときは旅行もしたし結婚もした。仕事で苦労したし転職もした。鮮明な思い出が、若い1年は長かったと思い起こさせます。
会社に於ける1年は例えば当社では10月の決算、12月の暦年、3月の人事、4月の製茶年度と、心を新たに決意する節目が何回もあります。製茶がすんだ今、「この1年は早かった」と感じるのは、特にトラブルがなかったからです。干害、冷害、晩霜、病虫害に悩まされず、作柄も品質も良好であったので、こんな年はかえって記憶に残りにくいとしたものです。
1年が早いと嘆くより、1年が平穏無事だったことに感謝しましょう。でも適当に苦楽があった方が記憶にメリハリがついて良いのかもしれません。そのうち昨日のことは忘れても、30年前なら覚えているようになると、一般にはボケたといわれます。
2004.6月更新
「牛を馬に乗り換える」とは、にぶいものを捨てて、はしこいものへ切り替えることのたとえです。ご存じのように、かぶせ茶(玉露)と碾茶(抹茶)の違いは揉むか揉まないかによって決まります。肥培管理から蒸すまでの工程は同じなので、どちらの茶に加工するかはそのときの相場によります。碾茶が高いと(揉まないで)あぶりに回し、かぶせが高いと揉みへ回す。このスイッチによって農家はうまく立ち回ることができるし、産地在庫も調整されます。
今年はかぶせへスイッチ。つまり碾茶不振、かぶせ好調の相場が反映された格好です。碾茶減産の原因はクロレラ入り抹茶などの粗悪品に足を引っ張られ、抹茶食品ブームが急速に萎んでいること。反対にかぶせ増産の理由は、ドリンク業界が「玉露入り・宇治茶」の表示をするがために山城産覆下茶を買っているからです。
お断りしておきたいのは、牛から馬へ切り替えできる茶は並級品以下のクラスだけ。最近抹茶食品に「高くともお点前用抹茶を使いたい」という引き合いが増えているのは本物志向の現れかなと感じています。
2004.5月更新
新聞用語集によると「団欒」は「だんらん、まどい」と書き換えるように決まったらしい。これに産経新聞の校閲部長が噛みつきました。「言葉が失われれば、内実も失われる。内実が失われれば、言葉もまた失われる」家庭に於ける一家団欒が消失していくのを黙認するようなものだから、せめて書き言葉だけでも団欒を残すべきだと言うのです。
漢字の「団」は団体などの「人の集まり」を意味しますが、本来は団子のように「丸い形」と言うのが第一義です。団欒は畳韻(じょういん)の語で「丸く集まるさま」を表して居り、食卓を囲んで集まる家族の暖かさを彷彿させます。昨今問題の虐待や暴力は、団欒が失われたことが遠因だとの指摘もあります。
新茶の季節、家族が揃ったところで,家長が入れる。新茶は健康長寿の元などと、家族相和して父親のうんちくを聞く所から、団欒が生まれます。もし「だんらん」と仮名書き摺れば、「暖かくてランランと心はずむ雰囲気」と全く別の意味になる?これが校閲部長の心配です。
2004.5月更新
碾茶玉露は茶園に覆いをしますので、茶摘みは煎茶とはやや遅い連休明けになるのが通例です。ところが温暖化のせいか年々新芽の伸育が早まっているようで当園は(平年より5日早い)5月2日から茶摘みを始めました。結局ゴールデンウイークはなかった訳ですが、仮にあっても晩霜害が心配だから外出はできないし、家で落ち着かない数日を過ごすことになるだけでした。
今年の新茶は頂芽が伸びた早生はやや不揃いですが、中生や晩生は裾芽がよくついて平年作以上を見込んでいます。品質は良好で香気の優れた茶ができています。山城相場は大手が茶飲料用に買っているのが影響して下級茶は割高ですが、上級茶は落ち着いた展開です。また生産地表示が意識され、宇治の「新茶売り出し」は低調でした。
新抹茶・・・6月1日(火)より先ず上級品より「小倉山」までを出荷します。「四方の薫」以下は順次挽き上げていきます。定価表のご案内は5月中旬頃になりますが、茶卸価格の変更は有りません。今年も茶づくり頑張ります。
いとうやでは在庫品より順次販売して新茶へ切り替わります。
2004.5.月更新
宇治は火事の多い町でした。茶師仲間は乾燥させた茶葉を在庫しているし、葭簀や藁など燃えやすい覆い材料が多くあり、製茶の時はどんどん炭火を焚くからです。元禄11年(1698)旧3月御物茶師「酒多宗有」家から出火した火は、宇治の殆どを焼き尽くしてしまい、近世宇治の二大火災のひとつとされています。
この大火を「お亀の火」というのは、酒多家の女中「お亀」が主家の息子に恋慕して、それが遂げられぬ哀しさから火付けしたのが原因です。彼女は郷中ひきまわしのうえ処刑されたと言います。新暦で言えば4月中旬、覆下(おおいした)の準備も整い茶摘みにも入ろうかという矢先のことで、茶園も焙炉場も屋敷もことごとく焼けその被害甚大なるは次のように歌われました。「宇治の火事 茶園火焔と燃え上がり 茶つみ茶仕事 ちゃちゃ無茶苦茶」
当然の事ながら、宇治は伝統的に防火意識の高い町となりました。私事ですが、この度「宇治市消防団長」に就任。団員380名、防火に努めます。
2004.4月更新
昨年の4月、京都府内のY園が大手スーパーから取引停止を言い渡されました。新茶セールに際し茶袋が不足したため在庫の「宇治新茶」袋を使ったところ、消費者から「宇治はまだ茶摘みが始まっていない」と指摘され、これが不当表示となったのです。その結果Y園は倒産廃業になりました。
「信用を得るには何年もかかるが失うのは一瞬である」とは言い古された言葉です。京都府丹波町の鳥インフルエンザ事件は、養鶏業者の初期対応の誤りが大きな影響を及ぼしています。丹波地方は美味しいものがたくさん採れる山里ですが、丹波松茸、栗に黒豆、ぶどうにワイン、丹波地鶏に猪肉など丹波がつく産品すべてが打撃を受けています。
さらに「京都産」とあれば府内のスーパーですら買い控えられる有様でガックリです。最近の居酒屋さんが牛BSEに続いて鳥インフルエンザで「モォーケッコー」。うまいことを言うなと思っていたら、坂口大臣も同じ事を言って謝っていました。失言も立場によって品性も信用も失います。
2004.3月更新
今日のお昼をラーメンに決めたとします。ところがラーメン屋は休みだった。その時あなたは隣のうどん屋に行きますか?牛丼を食べたいと思って吉野家へ言ったら牛丼は休止中。その時あなたは鮭イクラ丼を注文しますか?肉を食べたいなと思ったとき胃はすでに肉モードになっていて、肉が入ってくるぞと待ちかまえている。ところが肉が来ない。胃は急にはイクラモードに切り替わらないのです。
これは飲み物でも同じです。渇いたとき、寒いとき、そして食べ物との取り合わせで、飲みたいものは違ってきます。幕の内弁当とコーヒーを当たり前のように買ってくる若者。刺身定食を注文したのに平気で冷水を出す食堂。ふつうの感覚では理解できない無頓着がまかり通っていませんか?
「会議のお茶は何がいい?」と担当者が相談している。選ぶ対象はカテキン緑茶か十六茶、伊藤園かサントリー。ここには急須で入れるという選択肢が有りません。そして冷たい500ccペットボトルが机上に並びます。ああ熱い煎茶モードをどうしてくれる。
2004.3月更新
ことわざは昔から誰が作ったということもなく生まれ、民衆の共感を得て口伝えに伝承され、現在でも支持される内容の物が少なくありません。日頃よく使う用例を文化財愛護協会の会報から拾いました。
「一万石やそこらは惜しうない、お侍(さぶらい)当たって砕けいじゃ」(浮世草子、諸芸袖日記)
「枯れ木も山の飾り、腐りても鯛、ちぎりても錦」(俳諧、毛吹草)
「これ、痩せても枯れても主人だぞ」(歌舞伎、繰返開花婦見月)
「ほんの枯れ木も山の賑しとやらで、往きやすいのさ」(人情本、春色袖の梅)
「良薬は口に苦く、出る杭は打たるる習い」(滑稽本、風来六部集)
「武士(もののふ)のやばせの船は早くとも、いそがば廻れ瀬田の長橋」(咄本、醒唾笑)
ことわざの表現方法には、相手に対して高く構えたものと、低い姿勢のものがあって、それぞれ弁えに応じて行動することの大切さをあわせ教えています。
2004.2月更新
全茶連情報に掲載された各地理事長の「年頭所感」を読みました。例年だと地域ごとに内容がバラバラなのが、本年は「リーフ茶の需要拡大が命題」(全茶連理事長)とされるように、共通して『リーフ(葉茶)の危機』を訴えている点が注目されます。
「急須の日を制定する」(東京)「キャンペーン俺は葉っぱで飲むを展開する」(静岡)「日本茶インストラクターを活用する」(愛知)「本物の味、飲む文化を訴える」(京都)など、どこもドリンク(緑茶飲料)の台頭に危機を感じています。鹿児島県だけは荒茶生産が過去最高を記録したのはドリンク需要によると分析しながら、「急須で飲む喫茶の原点に立ち返る事が求められている」とやや歯切れの悪い所感となっています。
谷本理事長(大阪)は「茶業界は産地を守るだけの茶という商品に、科学的根拠や特色有る差別化が出来ているだろうか」と指摘。つまり産地にとらわれず「安くて美味しいお茶を提供する」ことがリーフに対する消費者の信頼を得ることに繋がると言っています。リーフ頑張れ!
2004.2月更新
「今日はごとびだから道路が混んでるなあ」などと言います。突きのうち、5、10、15、20、25、30日の各日を五十日(ごとび)と言い、昭和40年代の後半から特に道路の渋滞する日として、こう表現されるようになりました。
もともとは、大阪の商習慣である五十払(ごとばらい)からきたもので、五の日と十の日ごとに支払いをしたことから、掛け取りの商人が行き交って道が混雑しました。やがて現金や小切手による支払いが減り、今では殆どが月末の銀行送金となりましたが、せめて「ごとびぐらい営業マンが顔を出せよ」と言うことで、相変わらずの道路の混み合う日となっています。
この商習慣は関西人によって東京に持ち込まれました。ところが関東人はごとびではなくごおとおびと発音するので五と十の付く日は「都内で強盗事件が多発する日」と誤解している若者も多いとか。道路公団によると、阪神高速における商用車の通行台数が、昨年7年ぶりに増えました。これが関西発の景気回復の兆しであれば嬉しいのですが。
2004.1月更新
福建省武夷山(ぶいさん)と言えば茶業者なら一度は訪れてみたい所。ここで採れるお茶を「武夷岩茶」と言い茶種は青茶(ウーロン茶)、日本茶と同じ小葉種です。中でも有名なのは「大紅袍(ターホンバウ)」と称される茶で、古来皇帝へ献上され、その茶価は金に倍して高かったと言われます。
武夷山系は奇岩絶壁が連なり、人の手が届かない岩陰に茶が自生しています。昔ここに住む手長猿(知恵が発達)に茶摘みを見せ、猿真似で茶の小枝を取ってきたら好物の餌を与え飼い慣らしていました。東インド会社の中国茶調査には「茶樹の上にいる猿に石を投げる。猿は怒って茶の枝を折って投げ返すのを、拾い集めている」と言う記録も残っています。現在でも貴重な中国茶に「猿候茶」や「猿摘茶」の名が冠される所以です。
岩間に適度な湧水があり、苔や枯葉などの有機物によって土壌が肥えそそり立つ岩壁は日照時間が長い。そんな岩茶を猿に摘ませるとは、自然のままの茶づくりの原点を見るようです。申歳の今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
2004.1月更新
商売人が挨拶を交わすとき、大阪では「ボチボチでんな」京都では「マアマアどすな」。それらの言葉の裏には「苦労しているけど昨年並みには売れてますよ」と言う意味合いがありました。ところが昨今は「あきまへん」の一言。商売は本当に厳しい状況です。
加えて茶業界は生産履歴(トレーサビリティー)や表示改定、消費税総額表示などの課題を抱え、本業以外に気遣いすることばかりです。頼みの綱の歳暮商戦は、企業が送り先を減らしたのが影響してか通販茶業者が不振、デパート外商も不調のようです。傍らからはよく見えるらしい茶業も好調なのはドリンク業界だけ。葉茶(リーフ)の厳しさは小売も卸も同じです。
そんな中で少し明るいのは、消費者に専門店や商店街を見直す動きがあることです。あのお店なら安心できる、あのご主人なら信頼できる。こんな期待に沿うには一層の厳しい仕入れが必要になるでしょう。問屋としてそのお手伝いができますよう、真摯な茶づくりに努めて参ります。今年もご愛顧有り難うございました。
2003.12月更新
面倒なことになりました。来年の4月からの消費税改正により、茶の店頭小売価格は、消費税を含む総額(内税)で表示しなければならなくなります、店内の値札はもちろんチラシや広告などについても、次の総額表示方法のうちいずれかを選択して表示する事になります。
1)1050円 2)1050円(税込み) 3)1050円(本体価格1000円) 4)1050円(うち消費税50円) 5)1050円(本体価格1000円、消費税50円) 6)1000円(税込み1050円)
国民は現行の外税方式に慣れていますから、「内税に変えるべき何らメリットが無い」「次の増税の隠れ蓑だ」と行政批判が強まっています。茶業界(京都)では決まった以上それに従わざるを得ないと諦め顔で、卸価格も小売価格と同じ総額表示で統一すべく調整が進められています・・・・(中略)一応3年間の猶予期間が設けられるようですが。
2003.12月更新
(ちなみに「いとうや」では従来より内税表示をしておりますので変更有りません)
「覆下茶(おおいしたちゃ)は口切りの時期が一番美味しい」淡交誌(裏千家)10月号に茶問屋の裏話をまじえながら寄稿したところ、抹茶の味について再認識したとたくさんの反響を頂戴しました。お茶に関しては「賞味期限」とともに、茶種ごとにもっとも美味しく飲める「賞味時期」についても周知する必要を感じました。
近頃の若い人たちは「賞味」に疎いと言われます。自分で料理する機会が少ないものだから食材の良し悪しが分からない。年中何でも売っているから旬の味や鮮度の見分けができない。だから変な味がしたり腐った臭いがしても、自分の五感で食えるか食えないかの判断ができない。日付だけにこだわって賞味期限が過ぎれば平気で捨ててしまう。
お茶は保存食品であり、完全な包装で1年や2年は品質が保持できます。それでも破棄されるのは、賞味期限を消費期限と錯覚しているからでしょう。新茶が一番という人があれば古茶(ひねちゃ)の方が美味しいという人もいる。「賞味」は人によって全く違うことを知らねばなりません。
2003.12月更新
◇茶煙静(さえんしずかなり)・・・・お茶を沸かすほのかな湯気は自然の情景と一つになる。それを見る人の心もきっと静かで平和であろう。
◇茶楽(ちゃらく・茶を楽しむ)・・・・世の中の人々があまねく茶湯の楽しみを知ったなら、貧富への思いや悲しみ、悩みも無くなる。
◇茶人住草木之間(茶人は草木の間に住む)・・・・この場合の茶人は、道人。道に達した人は静かな山村を好んで住む。茶の字は「草と木の間に人」と書く。
◇茶是貴人(茶はこれ貴人)・・・・貴人とは無作無心の高貴な境地に達した人。無心に徹して茶事を順序よく運ぶなら真に貴人となる。
◇茶足心(茶は足心なり)・・・・「人として足るをしらざれば、人にあらず」茶の本意は足ることを知る心にある、と言う意味。
◇茶有延年寿(茶に延年寿あり)・・・・効能ある茶を飲むことによって寿命を延ばすことができる。千利休の茶十徳「寿命長遠」(じゅみょうちょうおん)がある。
「禅語大辞典」淡交社刊より
2003.11月更新
◇喫茶去(きっさこ)・・・・「まあお茶でもどうぞ」と言う意味。誰に対しても等しく一様に心を入れて茶を供しているかを戒める。
◇今日客来茶(今日、客来たらば茶)・・・・今日お客さまがお見えになる。お客さまにはまずお茶を一服差し上げる。精一杯のもてなしの心が、大切である。
◇且座喫茶(しゃざきっさ)(しばらく座して茶を喫せよ)・・・・「どうぞ座ってお茶でも召し上がれ」と言う意味。肩肘張らず、ありのままでいることの大切さを教える。
◇茶煙呈福寿(さえん、福寿を呈す)・・・・お茶を沸かすほのかな湯気は福寿のきざし。ひとり喫するも良し、皆で囲んでも良し、談笑してまた良し。
◇茶是長寿友(ちゃ、これ長寿の友)・・・・茶は万病の薬。体にも精神にも効能のある茶を飲み続ける事は、長寿につながることの教えである。
◇茶十種徳(茶、十種の徳)・・・・茶を飲むことによって身に備わる十種の徳がある。効用十種(明恵上人)茶の十徳(千利休)など・・・・
「禅語大辞典」淡交社刊より
2003.11月更新
元文3年(1738年)永谷宗円が考案した青製煎茶は「美味なること甘露の如し」と大変な評判になり真下。翁は製法を私することなく、やがて宇治製法として全国の産地へ広まり、日本茶の代名詞とも言える茶に育ちました。では宗円に千の煎茶はどのようなものだったのでしょうか。延宝7年(1679年)山城検地帳に「煎茶薗畑」と言う記録があり、すでに煎茶栽培が盛んに行われ、商品として流通していたことが伺えます。元禄10年(1697年)京で刊行された農書、「農業全書」に当時の煎茶製法が記載されています。
「煎じ茶は若葉古葉残らず摘み(刈り)取りて、ざっと湯がき、よくしぼりあげ、むしろに広げ干し、少し汁のかわきたる時、むしろの上にて揉み、或いは縄筵を作り、其の上にて荒く揉むこと三遍ばかり」。さらに良い茶は「焙炉にてあげ火をとる」とあります・・・・宗円以前庶民が飲んでいた煎茶は煮出して飲む、いわゆる煎じ茶でありました。現在の日乾番茶(京番茶など)がこれに近い製法、飲み方です。
2003・10月更新
全茶連主催のもと、茶研究家として高名な谷本陽蔵氏引率により世界の茶産地視察旅行が毎年実施されています。一般のコースにはない奥地の茶産地が選ばれたりするので興味深く、ケニヤ・トルコに続いて今夏は南インドとスリランカの旅に参加しました。
いずれも熱帯に属する国でありながら、高原の茶産地は乾燥していて暑すぎずとても快適でした。スリランカの真ん中にあるヌアラエリア市は標高が1500b以上。真夏だというのに早朝は寒い風に身をこわばらせる有様。くねくねと何時間走っても途切れない茶園は、日本では想像が出来ません。ヌアラエリア市は宇治市と姉妹都市。民族紛争で交流が十年も途絶えていますが、現地は全く平穏でした。
全茶連は日本茶業の代表団である、と先方が重視してくれて、パトカーの警備がつきました。こんな土産話を交えながら懸命に努力している現地茶業の様子を、その都度冊子にまとめていす。一年遅れの「トルコ茶視察記」ご希望でしたらお送りいたします。
2003・9月更新
茶園が1年で一番穏やかな表情を見せるのが秋です。今の枝は夏の二番ないし三番芽が成長したものですが、これが来年新茶の母枝となります。葉は緑濃く艶があり枝は全体に上向いて揃い元気がある。こういった園相を評価の基準として、秋は茶園品評会の時期でもあります。
宇治は7月から8月にかけて十分な降雨があり、夏の陽射しも強すぎず弱すぎず、園相は良好です。今年は産地表示問題が絡み煎茶とかぶせ茶が活発に取り引きされました。その結果の相場高が茶農家の生産意欲を高め、鬼が笑いますが、来年は収量品質とも期待できそうです。
9月〜11月にかけては施肥の時期。なんと言っても来年を左右する大切な作業です。肥料は油粕や魚粉など。これら有機質肥料は土中の微生物によって分解され、やがて茶樹に吸収されます。しかし一度に大量に施すと、肥料過多になりますので、何度にも分けて施肥しなければならず、これから秋肥(あきごえ)2月の寒肥(かんごえ)3月の芽出肥(めだしごえ)色付肥(いろつけごえ)と、茶農家は休む間もありません。
2003.9月更新
お盆を過ぎると、毎年のことながら暇になりました。夏枯れ対策にと消費地では、水出し煎茶や、ロック玉露、冷用抹茶など、様々な飲み方が提案されてきたし、産地では仕立てを細かくしたり再火で火香を強調したり、水でも美味しく飲める工夫をしてきました。しかし、今年の冷夏ではこんな努力も中途半端に終わりそうです。
お茶を冷たくして飲むという習慣は、茶の原産地中国にはありません。谷本陽蔵氏によれば「烏龍茶を冷やして飲むようになったのは日本人の発想」らしい。暑い上海に行くと熱いお茶がふつうに出てくるし、ビールは生ぬるいまま。中国人が茶に限らず冷たい飲み物を好まないのは生水が飲めないことに起因しているのかも知れません。
ひところ文明国の尺度は、紙と砂糖の消費量だと言われましたが、今日では涼しさの度合いや氷の消費量がその尺度だとか。文明国日本ではエアコンが普及し、移り変わる季節の感動がありません。早く秋が来てお茶葉が売れるようにと望むけれど、こういう年ほど中途半端に暑さが続くものです。
2003.8月更新
小社の副社長はグルメです。やれ、だしの取り方が下手だの、材料が冷凍だのと、とにかく同席すると大変。講釈が当たっているかどうかは別にして、彼のような「味覚の確かな人」が茶業者に多いのは事実です。一方今問題になっているのが、若者の味覚障害。「甘・塩・酸・苦」を感じにくいばかりか、味そのものが分からない若者が増えていると言います。
原因はミネラル「亜鉛」の不足。舌や上顎の「味蕾」と言う味覚を感じる感覚細胞に、亜鉛は多く存在します。しかし、食品添加物の中には亜鉛と結合して体外へ排出してしまうものがあるので加工食品を多食したりファストフードなどの偏食が続くと亜鉛が不足し味覚障害の原因になります。
抹茶や煎茶など緑茶には亜鉛が多く含まれており、だから茶業者の味覚は自然と研ぎ澄まされるのかも知れません。また、茶人は抹茶や茶懐石のの微妙な味の違いを記憶したり味の表現を考えたり、多様な食の経験によって味覚を鍛えてきました。味覚は文化なのです。
2003.8月更新
暑い季節はついイライラ運転になりがちです。もう何年も前ですが事故多発に困った宇治署が「冷たいお茶を飲んで頭を冷やして下さい」と、スピード違反取締現場『安全運転を願う宇治茶接待所』を設けた事があります。運転手には冷たいお茶が出され、気分が和らいだところで違反キップと言う段取り。冷や汗と共にそれなりの効果があると評判になりました。
ここは一時停止だ、三時はお茶だ
あくび三回、ぶぶ三杯(ぶぶは京都弁でお茶のこと)
安全運転、身も心もチャんとして
交通安全協会には茶産地らしいユニークな標語が集まります。宇治市や宇治田原町の府道沿いにはこんな看板が立っていて思わずにっこり安全運転。
信号マッチャ(抹茶で待ちなさい)
今日の無事故で、ギョクロうさん。(ご苦労さん)
おチャケはだめよ。お茶にして。酒酔運転防止
キョロキョロするな、ここは茶園だ、美人はいない
2003.7月更新
茶香服(ちゃかぶき)大会で京都のK君、M君と言えば全国に知られた有名選手でした。そのK君は競技の妨げになるからと絶対煙草を吸わなかったけれど、反対にM君は大の愛煙家でした。そして茶香服の結果はと言うと、二人は五分五分の成績、喫煙と茶審査に因果関係はないと、これを言い訳に吸い続けた茶業者は大勢いました。
今年5月に「健康増進法」が施行され、会社であっても休憩室や事務所の分煙ないし禁煙が義務付けられました。これを怠り、吸わない社員が受動喫煙によって健康を害したら、社長や主人はその責任を負わねばなりません。何とも厳しい法律ですが、これを機に社内禁煙に踏み切る茶業者が続出。当社も先ず分煙からはじめることにしました。そして就業時間中や、会議中は禁煙。店頭や応接室から灰皿撤去。営業車内の禁煙などを話し合いました。
昔から拝見場(茶審査室)を禁煙にしている茶問屋が多かったのは、煙害をよく認識していたからです。さて中年になったM氏が、果たしてK氏が正しかったとしみじみ話しておりました。
2003.7月更新
お茶席で正客が亭主に「お詰めは」と尋ねるのは、茶家が出入りの茶師に命じて1年分の葉茶(碾茶)を茶壺に詰めさせたことに由来します。新茶をつめた茶壺は京都の愛宕山や上醍醐に置いて暑気を避けました。やがて開炉に合わせて11月の初め、茶家は茶壺の口を切り茶臼で挽いて客に出します。茶師の「詰め」に対してこの茶事を「口切り」と言いその年の新茶として貴ばれました。
抹茶や玉露などの覆下茶(おおいしたちゃ)は新茶は香り高いのですが、味に落ち着きが無くきつい感じがします。涼しい場所でひと夏を越すことによって熟成し、うま味が増してくるのです。先人たちは口切り美味しさをよく知っていたわけで現在のやり方は新茶にそれ用に冷蔵庫で熟成させ残してきた古茶(ひねちゃ)を20〜30%ブレンドし、まろやかな味を引き出します。
しかし困ったことに、今年試行された表示方法によると「新抹茶」と表示するには微妙な問題が絡みそうです。当面新茶シールを添えて出荷しますが、古茶をブレンドする理由をよくご説明下されば幸いです。
2003.6月更新
農学部の先生から「番茶」には何故”番”の字を使うのかと聞かれて、ハタと困ってしまいました。番茶はもともと「晩茶」と書き、晩く採った葉、つまり成熟した葉を使って作る茶を指しました。京番茶は、碾茶、玉露を摘んだあとの古い枝葉を湯がいて天日で乾燥したものですが、この他にも美作(みまさか)番茶、阿波番茶、あるいは、碁石茶(高知)や黒茶(富山)などの後発酵茶が有名です。日本各地にこの様な多様な番茶製法が伝わっているのは、栄西以前からヤマチャを摘んでいた名残かも知れません。
近代になり、機械摘みが一般化すると、一番茶や、二番茶の摘採前後に、茶樹の面を刈揃えておく必要が生じました。この時刈った葉茶で作った茶を、春番、初茶刈直し番、二茶刈落とし番、秋番茶などと言い、いつの間にか茶期の順番を表す番の字が、晩に代わって用いられたと推測されます。いわば番外の茶である番茶は、子供のころから身体になじんだ優しいお茶。新茶もいいけど番茶もいい。お茶は種類も多いが、それぞれに楽しめる飲み物です。
2003.5月更新
いよいよ統一地方選挙。人の出入りが多い選挙事務所ではお茶が何より重宝されます。マイク合戦でカスレ声になったうぐいす嬢には薄目の焙じ茶でうがいをして貰うのが一番だし、濃いめのかぶせ茶を出せば運動員の気持ちも和らぎます。候補者の気力と体力を養うには一服の抹茶と茶菓子が効果的でしょう。
前回の統一選のとき、煎茶をわざわざ10本の茶袋に詰めて事務所に納めました。チョット洒落っけを出して「十煎茶」と表に太書きし「十煎は当選をもじったもので、必勝を祈願した縁起茶です」とメッセージを添えたところ大好評でした。再選を目指す候補者なら煎茶2本を詰めて「二煎め」三選目なら「三煎茶」など如何でしょう。落ちた転んだの言葉はご法度ですが、こんな語呂合わせの納品なら喜ばれるでしょう。
選挙が終わったら新茶。早かった去年とは10日程遅れるものの、ほぼ平年並みの見込みです。当園の茶摘みは連休明けからを予定。山城新茶の出廻りは4月末頃から、新抹茶は6月1日から出荷の予定です。
2003.4月更新
抹茶を点てるのに茶筅が必要だ、ということはごく常識です。しかしこれが常識だと思いこんでいるのは我々茶業者だけかも知れません。はじめて抹茶を飲んだというお客さまからは、「味は薄いし、香りもない」という質問が多い。詳しく尋ねると一碗に使うお茶の量が極端に少なかったり、スプーンを使ったのでよく混ざらなかったというのが原因です。そこで抹茶の点て方について一言ご説明まで・・・
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1)抹茶の量は1.5〜2cくらい。茶杓なら一杯半から2杯、小さじなら軽く 1杯が適量です。ふるいで直前に篩っておくのがよいでしょう。 |
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2)水道水はポットでカルキをとばす。硬水は不向きです。 |
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3)湯温は、70度。湯気がややおさまる程度が目安です。 |
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4)湯量は約50cc。濃いめ薄い目は湯量で加減します。 |
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5)茶筅は縦に振り、はじめは下から最後は浮かすように泡立てます。 |
美味しいいれかたは煎茶も同じ。「ワンランク上の茶葉を多めに使っていただく」ことに尽きると思います。
2003.3月更新
『オーイお茶、次の言葉は入ったぞ・・・』サラリーマン川柳コンテスト(第一生命主催)に、入選した作品のひとつです。夫婦関係の変化を皮肉ったものですが、リストラされた主人が所在なげに茶を入れている、そんな悲哀を感じさせる作品でもあります。『ついにきた、俺も週休七日制』は世相を反映して実に辛い。
伊藤園のCM「オーイお茶」は男尊女卑だと中高年の女性から総スカンを食いました。「女が入れて男が飲む」のは、ごくふつうの構図でしたが「男性も進んでお茶を入れよう運動」が宇治で開催された全国茶サミット京都大会で提唱されました。男性社員は感謝され、家ではお父さんを中心に話が弾むでしょう。お茶は単なる水分補給のためでなく、人の輪をつなぎ伝統文化を伝える大事な手段です。
2003.3月更新
今頃の寒い季節になると、抹茶にダマ(小さい粒)ができたり、茶杓や帛紗に付着して取り扱いにお困りになることがあります。これは静電気のいたずらによるもので、品質にはなんら問題はありません。
よい品質の抹茶を製造するには・・・1)原料碾茶を十分に火入れ乾燥をさせること。2)石臼で粒度を2〜3ミクロン以下と極めて細かく挽き上げること。3)そして抹茶工場は低温除湿の空調を整えていますので、いわばよい条件で抹茶を挽き上げるほど、困ったことに静電気を帯びやすくなります。当社は(小山園)除電装置により帯電を防ぐと共に、出荷前にはよくふるっていますが輸送中の振動が原因したり、空気が乾燥する冬季にはどうしてもダマができやすくなります。
対策は面倒でも御使用直前に篩いでふるっていただくこと。あるいはお使いになる分だけの抹茶を、少し温めた空き缶に入れてみて下さい。品質管理が行き届いている抹茶ほどダマができやすいわけで、粗かったり、乾燥が不十分な抹茶にはだんご状の塊ができますが、これは論外です。
2003.2月更新
京都の森田治秀氏(51歳)と言えば、全国茶審査技術競技大会で何度も優勝した、知る人ぞ知る茶業界の有名人です。彼は昨年11月末ロサンゼルスで開催された「ジャパンエキスポ2002」に参加、アメリカ人に日本茶を売り込んできました。とにかく緑茶を知らない人が相手だけに、種類の違いを英語で表現するのに苦労したと言うことです。
煎茶は苦渋みがあって味が濃いところから「ストロングティー」。玉露は特有の旨みがあるので「マイルドティー」玄米茶は「ライスティー」これはちょっと誤解されやすいかな・・・?焙じ茶の「ブラウンティー」は水色を見れば分かりやすい。
「ボイルド(ゆでる)はダメ」「湯呑みに注ぐのはイーブン(均等に)」と説明しながら、濃厚な味を敬遠する人には「アメリカン(うすめ)」を勧めるなど、工夫を凝らしました。とにかく丁寧に淹れた茶の美味しさは誰にでも分かってもらえるというのが彼の実感です。日本茶インストラクターのこのような地道な努力がやがて結実するに違いありません。
2003.1月更新
乾燥した草原の羊を高温多雨の日本で飼育するのは最初困難を極めたらしい。大正初め軍服の国産化のため羊の大増殖が行われその後徐々に増えて昭和31年のピークには全国で100万頭が飼育されたと記録にあります。やがて化学繊維の出現により飼育数は激減。羊を駆逐した化学繊維もウール自体も、今や中国産に押されて業界は大変な苦境に陥っています。
どんな隆盛であった業種や企業でも、およそある周期でもって浮沈があります。昭和30年未年の花形産業は鉄鋼や造船、42年未年は、銀行や商社、54年未年は、証券や保険でしたが、繁栄し続ける事の難しさを感じます。農業は長く見向きもされませんでしたが、最近になって面白さが見直され、農業志向の若者が増えてきました。
第一次産業を軽視しては高度な経済社会とは言えません。食べる物は食べる人の健康を考え見えるところで作る。安全国産であることが安心につながります。当社は正しい茶づくりを商いに邁進します。今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
2003・1月更新
唐代詩人杜甫は「曲江」と言う詩の中で「人生七十古来希なり」と言いました。是が古希の祝いの語源ですが、今では、70歳という齢を聞いても、まだまだ壮年という印象です。長寿の祝いはさらに喜寿(77歳)傘寿(80歳)米寿(88歳)と卒寿(90歳)白寿(99歳)と続き百歳を越える長寿者も珍しくありません。
「茶」の字を分解すると「十・十・八十・八」これらをたすと百八になることから、百八歳の祝いを「茶寿」と言います。茶寿は古くから有る言葉ではなく、昭和三十年代に出来た新語で、つい近年まで国語辞典にも載っていませんでした。
古来より「茶は末代の仙薬、人倫延命の妙術なり」(喫茶養生記・栄西禅師)「茶は息災延命の効あり」(茶十徳・明恵上人)とされ様々な薬効あることは現代科学でも証明されている通りです。茶樹そのものも生命力が強く、雲南省にある古木は樹齢800年を経てなお現役。茶を飲んで茶寿を迎えるまで健康でありたいものです。
2002.12月更新
中国に於ける喫茶の起源については分からないことばかりです。「茶」文字がいつ成立したのかを考えれば傍証として想像が出来る。司馬遼太郎氏は著書「江南のみち」でこの様な考察をしています。
茶の元の字は画数が一本多い「荼(と)」で意味は苦菜。前59年漢代の文書に荼と言う文字があり是は茶に葱やショウガなどを混ぜた高貴の飲み物であったとされていますが、茶だけの独立した飲料ではありませんでした。茶という文字が初めて文献に出てくるのは唐代に陸羽が著した「茶経」です。茶の製法と飲み方が書かれた最古の茶書として有名で、茶の字もこのとき陸羽創ったと言う説もあるので喫茶の起源は8世紀頃かと想像されるわけです。
やがて茶は世界へ広まりました。シルクロードを伝わった物はチャ(日本語)またはチャイ(ロシア語・トルコ語)と発音され、東インド会社により海路を経たものはティー(英語)テー(ドイツ語)テ(フランス語)であり、いずれも、中国語の「茶」の発音に由来した物です。
ノーベル賞を受賞することになった田中耕一氏は京都市にある(株)島津製作所の主任研究員。いわば一般社員の快挙と言うことで、京都の興奮も最高潮です。氏の研究テーマはタンパク質の分析であり、他にも島津が作る分析機械技術には高い評価が与えられています。
十年前の平成四年、当時の国立野菜茶業試験場が「発色着味下茶はナトリウムイオンとアンモニウムイオンの含有量を検出する事で簡単に判別できる」と発表しました。是は不正茶を排斥すべく茶業界に発せられた警告で有りましたが、この時威力を発揮したのが島津のイオンクロマトグラフィ分析機でした。誰でも簡単に操作できる事から多くの茶問屋が自己防衛のために導入しました。
葉茶の緑色を出すため(はっしょくに)に使われる重炭酸アンモニウムは、茶の味を壊してしまうため、今度はグルタミン酸ナトリウムで味を整えるという加工が行われます。是が発色着味茶でまだ一部に出回っています。ノーベル賞の技術が生かされた分析機で、もう不正茶のごまかしはききません。
2002.11月更新
「宇治市」のある役職を仰せ付かり先ず戸惑っているのが、公文書の書き方です。別の解釈が生じるような言い回しはいけない。余計な形容詞をつけてはならない。そしてできあがった文章はかほど肩の凝る読む人にとって難儀なものと相成ります。役所の文書は正確な日本語ですが、美しい日本語とは言えません。
このヤママサ通信は、今回で2400回目。昭和25年頃納品書に茶況を添えてお知らせしたのが始まりで、亡父の代から50年が過ぎました。読んで分かりやすく、いささかでもご商売の参考になればと願って書いているのですが、古い通信を読み返すと、誤字はあるし、時には美しくない日本語に赤面しています。
しかし何でも続けているとそれなりに評価いただけるもので、出版の話もあったし、最近は販売店様のホームページにも登場しています。何より嬉しいのは感想やコメントを頂戴したり、バックナンバーの請求があることです。老眼で文字が歪んだりしますが、今後もよろしくお付き合い下さい。
今夏の山城地方は雨が少なく陽射しの強い暑い夏でした。少し干害もあって茶の樹勢は良くありませんが、そのぶん米は豊作で、宇治西部に広がる巨椋池干拓田ではまもなく稲刈りが始まります。俗に「しんまい」と言えば新入社員の事を指しこれは秋の新米から来た言葉だと思われがちですが、実は全く違います。新しい前掛けを略して新前、それが転じて新米となったのが始まりです。
前掛けは室町時代から有りもっぱら前垂れと呼ばれ、女性が使う物でした。その便利さから江戸時代中期(天明年間)より商家の男性も用いるようになり、新人の奉公人が新しい前掛けをしたことから「新前」の言葉が生まれました。やがて明治以降、奉公人の前掛けスタイルが廃れると共に「新米」に変化したものと思われます。
茶問屋では、今でも前掛けが必需品。茶箱を持ち上げたり、茶袋を担ぐときの肩当てなどに便利に使っています。綿の藍染めでそれは丈夫です。
2002.10月更新
「瓜田に履を入れず、李下に冠を正さず」瓜の実っている畑で履(くつ)をはきかえると、いかにも瓜を盗ったように疑われるし、李(すもも)が実っている木下を通るとき手を上げて曲がっている冠をなおそうとすれば、いかにも李を盗ったように思われる。要するに人から疑いをかけられるような行いは避けよ、という古い戒めです。
満員電車で吊革を両手で持っているオジサンが多いのは痴漢と間違われないための自己防衛でしょう。女性専用車両はむしろ男性の方が歓迎しているようです。流行の街中ウォーキングも気をつけないと空き巣狙いに疑われるし、現金搬入時間に銀行に行くと警備の行員がいつも睨みます。思わぬ濡れ衣を着せられて困惑してしまう可能性が、ごく身近に潜んでいます。
たばこ休みが多い社員は社用で席を外しても疑われる。欠勤の多い人はそのうちあてにされなくなる。どんな場合でもふだんちゃんとしておれば、決して問題になることはないでしょう。
2002.9月更新
日本茶業は明治初期から第一次世界大戦期まで輸出によって成り立ち、日本産茶の少なくとも60%は海外で消費されました。最大の輸出先アメリカでは、コーヒーが80%残り20%を日本茶、中国茶、セイロン紅茶が争っていました。当時の記録によると「米人ハ牛乳及砂糖ヲ混用スルニ日本茶特有ノ香味ヲ失シ」と有り緑茶のデリケートさは、理解されていなかったようです。
味などどうせ解らないから。一部の心ない生産者が製造した偽茶や粗悪茶がチェックを受けずにアメリカ市場に輸出され、やがて日本茶は信用を失う結果になりました。あわてた政府は明治17年「茶業組合準則」を発布、市町村に茶業組合、府県に茶業取締所を組織し、粗悪茶の排斥と品質向上を図りました。しかし信頼回復には時間が掛かりました。
朝鮮松茸に石が入っていたとか、中国産茶は見本違いが多いと聞きますが、同じ事を我々やっていたのです。少数が引き起こす不正が業界全体の不信につながる。雪印事件を他山の石とせねばなりません。
2002.9月更新
「烏龍茶を飲んだら痩せる」とピンクレディーが言ったので、30年前烏龍茶ブームが起こりました。当初は薬局などで販売され、それも値を高くするほど売れたと言うから薬九層倍の感覚でした。商社が輸入した荒茶は茶業者が精選しましたが頭柳(かしらやなぎ)から様々な異物が発見され、ネズミの死骸もあって不衛生なものでした。だから「烏龍茶を飲むと腹をこわして痩せるんだ」と軽口をたたかれたものです。
大量輸入される中国産茶が衛生面や残留農薬で、いかにいい加減であるかは、かねて指摘されきた通りです。衛生的な工場は宣伝用の一部だけで、末端の製茶工場は推して知るべし。日本人の健康まで留意してくれる中国農民は僅かです。なのに今まで摘発されないのは中国に対する微妙な配慮が働いていたからでしょう。
今般冷凍ほうれん草から残留農薬が検出され、ダイエット食品で犠牲者が出てようよう中国の実体が報じられるようになりました。口にするものは身近で(国内)生産されるべきです。
2002.8月更新
「娘十八番茶も出花」粗末な番茶でも最初は味わいが良いように、娘も年頃になるとそれなりに美しくなるとしたものです。若い色気もやがて中年になると「淑女」と形容され、年齢と共に身に付いた立ち居振る舞いが加味され評価されるようになります。老いて「きれいなお婆さん」と言う表現には人生を達観した美しさが感じられます。
男の色気とは、資質、教養、心意気と言った男としての魅力を意味します。一方、あの人は組合長の座に色気があるとか、議員に出るためだとか、こういう色気にはおどろおどろしい野心が潜んでいるかのようですが、野心があればこそ人は仕事に励み努力もします。要は控えめで凛とした姿勢が大切でしょう。
よくある例え話。孤島で餓死寸前の時美人と食べ物を差し出されたら,たいていの男は食い物を選ぶ。つまり実利や実質を取ることのたとえが「色気より食い気」です。だが、食い気ばかりでは夢がありません。梨園の大御所のようにいつまでも若い色気を愛でる元気が羨ましい。
2002.7月更新
喉が渇くと言えば、欲しいものを見て生唾を飲み込むたとえだし、喉が鳴ると言えば、ご馳走を前にしたときのように、欲しい物に目が光る事のたとえです。もっと欲しくて欲しくてたまらなくなると、喉から手が出ると言います。いずれも喉がたとえに使われているから、欲しい物の最初は食べ物だったのでしょう。
我々団塊の世代にとって、喉から手が出るほど欲しかったのは遠足のバナナであり、魚肉ソーセージでした。やはり先ず食べ物でしたが、今の子供達に尋ねれば「別に」という無気力な応え。美味しい物は何でも食べられるし、お金がなければキャッシングがある。手に入れるまでの待つ楽しみを失ったのです。
けれど、ワールドカップ日本戦の入場券だけは特別。それこそ喉から手も足も出るくらい欲しいそうな。サッカー場には缶ビールもペットボトル茶も持ち込み禁止。興奮して投げたら凶器になるからですが、なぜか水筒ならOK。矛盾や危険がいっぱいなのに、一試合にウン十万円出しても券が欲しいとは、とても理解が及びません。
2002.6月更新
総務省家計調査報告書から算出すると平成13年度ほ葉茶消費額は約4300億円。このうち緑茶が3100億円、紅茶ウーロン茶等が1200億円でした。一方全国清涼飲料工業界が発表した生産額によると、緑茶飲料が2600億円。これが倍で小売りされるとすれば緑茶飲料は5200億円も消費されたと言う計算になります。
飲料は水を売っているようなものだから、単純な比較は出来ませんが今年緑茶3000億円の消費に対し、緑茶飲料は6000億円を超える勢いです。更なる問題はテレビで中国緑茶が宣伝された結果、本来の日本茶の味が忘れられ、やがて、中国、台湾、ベトナム等と並んで緑茶の1アイテムに成り下がる恐れがあることです。
今我々にとって求められているのは、日本茶業中央会が訴えているとおり、添加物を使わない真摯な茶づくりです。登園では10日早く、5月早々から茶摘みを始めます。新抹茶は6月1日から出荷いたしますが、それまでに走り抹茶を発売します。
2002.4月更新
生茶葉から緑茶の有効成分を抽出する新しい方法を京都府立茶業研究所が開発し、早速「抽出方法に関する特許」を取得しました。府茶協同組合は、煎茶と碾茶(抹茶原料)をブレンドし、これに特許の抽出液を加えた緑茶飲料(ペットボトル)を作りこの3月22日から発売の運びとなりました。
例えば京都府や宇治市が主催する会議などで産地不明の緑茶ペットボトルが机上に置いてあったりして、これは茶産地宇治の恥ではないかと言うのが開発の動機でした。さすがに茶のプロが味づくりしただけあって、手前味噌ながら本当に美味しい。美味しすぎて茶葉(急須)との差が無くなりそうだと意見が出たくらいですが、少し批評を加えれば素人には少し濃いめかも知れません。
茶の組合の目的は先ず茶葉を売ることですから、ドリンクの方は積極的な販売はしません。地元会議の席上に置いて貰う事、そして全国の茶店で専門家に販売していただけたらと希望しています。詳細については組合まで。取次は当社でも可能です。(小山園)500og入り1本140円小売り、24本入り1ケース、要送料。
2002.3月更新
初釜も済んで普通は抹茶の需要が落ち込む2月ですが、今残業するほど忙しい。というのは2月6日のテレビでっみのもんた氏が「抹茶ミルクを飲むと若返る」言ったものだから、にわか需要が起こったのです。ふだん抹茶など飲んだことのない女性が慌ててスーパーやらコンビニで尋ねるので、思わぬ所から問い合わせが来て驚いています。
抹茶ミルクの作り方は牛乳に抹茶を入れてかき混ぜるだけ。牛乳180ccと抹茶小さじ一杯約3cが標準です。お好みで抹茶の量を加減したり、蜂蜜を加えたり,温めたり冷やしたり、本当に美味しい飲み物が出来上がります。しかも共に栄養価に富んだ食品の組合せですから健康にも美容にも良いわけです。
この抹茶ミルク、実は平成4年に健康誌「壮快」が取り上げてブームになったことがあります。色白肌やすべすべ肌、ダイエット効果など、言っている効能は10年前と同じですが、テレビの反響は凄いの一言です。
2002.2月更新
寒い冬ごもりの生活から春の初めを感じる時季が立春で、生命の復活するときとして古来中国や日本では年の初めとされていました。旧暦の正月が立春に近いのはそのためで、今でも年賀状に新春とか迎春と書くのは「正月=春」という印象が強く残っているからです。立春は雑節の基準となる日で八十八夜とか、二百十日の起算日です。
今年の八十八夜は五月二日でこの頃になると霜は降りなくなるので種蒔きの季節とされ宇治では茶摘みを始める目安の日とされています。新茶の作況を今頃から予想するのは冒険ですが、平成の偶数年は、おしなべて作柄が悪い。特に昨夏は干ばつと酷暑でしたがこれは七年の気候とよく似ていて翌八年は大凶作となり茶価が暴騰しました。今回も同じ経過を辿るとは思いませんが、樹勢の方は芳しくありません。
国内茶生産は年々漸減していますが、それで茶が不足したとは聞きません。需要が減った、急須を使わなくなった、輸入茶が増えた。諸問題の解決策はただひとつ。美味しいお茶をつくることです。
2002.1月更新
「今年は茶業界にとって厳しい年でした。」このような書き出しで歳末のご挨拶を申し上げて5年が経ちました。つまり5年間も悪い年が続いたわけですが今年は殊の外悪かった。秋風が吹くころ神戸と小樽で大手の茶店が相次いで倒産しいずれも老舗であっただけに「どうして?」という疑問とともに、茶業界が震撼しました。
茶専門店をはじめ量販店もデパートも不振。ならば直接消費者へと産地からの通販が流行り、消費地茶店を無視した無節操ぶりがめだちました。茶道家へ直接DMを送ったり、農協が茶ギフトを通販したり、流通の混乱が茶専門店を苦しめる結果になっています。緑茶ブームの追い風が吹いていますが、消費者が利便性を求めたため儲けたのはドリンクメーカーだけでした。
緑茶が健康に良いというキャッチフレーズだけではもはや通用しません。日本茶インストラクター制度を活用するなど飲む文化を訴えることが必要だし、なにより真面目な茶づくりが大切です。今年もご愛顧有り難うございました。
2001.12月更新
茶壺行列の古図を構図の関係でネガを裏焼きして広告に使ったことがあります。ところがお得意さまからたちまち鋭いご指摘を頂きました。採茶使の着物が左前になっているし、刀が右差しになっていたからです。ごく当たり前のことなのにどうして気付かなかったのか、思い込みによる不注意の例として肝に銘じています。
世界遺産シリーズという特殊切手があります。その第5回目に宇治上神社と栂尾高山寺がデザインされ11月に発行される予定でした。いずれも宇治茶に関係深い文化財なので、当社の郵便物に貼付しようと楽しみにしていたのですが、急に発行中止になってしまいました。それは高山寺の切手が裏焼きになっていたからです。印刷局で何人もの人が見ているのに気付かない。ミスとはそんなものかもしれません。
「シックスナインの信頼性」と言う言葉があります。6個並んだ9は限りなく100パーセントにちかい。事故や災害の発生を百万分の一仁尾さえようというこのスローガンを、狂牛病で後手に回った農水省のお役人に是非聞いてほしい。
2001.11月更新
秋空の下、万葉集愛好会の史跡に特別参加しました。会員は第一線をリタイアされた方ばかり。驚いたのは大勢の人がペットボトル茶持参だったことです。尋ねればふだんから冷蔵庫に入れておいて飲みたいとき飲んで後は又しまっておける。熱いのが欲しいときはレンジでチンすればよい。こんな飲み方がシニア世代で増えているらしい。
緑茶ドリンクが発売され手から、コーラや珈琲をやめてお茶を飲む若い人が増えました。しかし一方緑茶(リーフ)を買っていた人までが手間がかからないからと茶ドリンクへ移行してしまって結局リーフ人口が減ってしまったというのが実感です。今夏は酷暑だったのに関わらずほうじ茶が売れなかったし、麦茶が壊滅的だったのはその表れです。
史跡巡りの途中でお茶が無くなっても、あちこちに自動販売機があります。嬉々として茶ドリンクを買う姿を見て、ああ茶業界の本当の敵は自動販売機だったのかと。気がつけば私自身もアルミボトルを持っている。それがウーロン茶だったのは実はささやかな抵抗です。
2001.10月更新
「女心と秋の空、変わりますぞえ、日に三度」とは、女心を変わりやすい秋の空に例えたものです。日に三度とは大袈裟ですが「秋の日和と女の心日に七度変わる」というものまであります。イギリスでは「女心と冬の風」だし、フランスでは「4月の天気と女の心」です。冬になったり春になったり、その国の一番変わりやすい季節に女心が例えられています。
一方、「女心と春の空、男心と秋の空」と言うのがあって、女心が春のように揺れ動きながらも熱くなっていくのにに対し、男心は秋の空のように変わりながら徐々に冷えていくという意味らしい。「男心と川の瀬は一夜に変わる」とは男の浮気性を表したもので、男も女もつまるところ同じなのでしょう。
そして消費者の心も秋の空です。移り気だし冷めるのも早い。大仰に開店したピザ屋がもう閉店しているし、満員だったラーメン店がいつの間にか牛丼屋になっている。回転寿司でヤクルトを飲んだり宴席では、ウーロン茶が当たり前に出てくるし、もう何がなんだか秋の空。
2001.9更新
「緑の黒髪」と言いますが、髪は緑なのか黒なのか、こんな矛盾した表現はありません。「緑」とはもともと新芽を意味し、新芽がグリーンであることから色をさす名前になりました。松の緑とは松の新芽の事だし、みどり子と言えば元気のいい赤ん坊のこと。緑の黒髪とは新芽のようにつやつやとした黒髪を意味し、日本人の美しさを表しています。
しかしせっかくの黒髪を脱色したり、金髪のように染めたりするのが流行りです。これを総称して「茶髪」と言いますが、緑のイメージが強い茶の文字が、なぜかけ離れた茶髪色を表す言葉に使われているのでしょう。煎茶本来の水色が黄色に近い山吹色であることから、ここら辺が命名の由来かと思われます。
夏過ぎて、髪も日焼けで痛んでしまいました。茶の実油を塗ると黒髪に効果的だと昔の人に聞いたことがありますが、たくさんの茶の実はそうそう手に入るものではありません。手身近に煎茶に髪を浸すとツヤを取り戻します。茶成分のポリフェノールが有効なんでしょうね。
2001.9更新
金やものを無駄に使うことを「湯水のように使う」といいます。水が豊かな日本ならではの比喩ですが、砂漠に住む人たちにとって水は大変な貴重品。一滴も無駄にできません。中東の国にも「水のように使う」という表現があって、ここでは金はチビチビと大切に使うという全く逆の意味になります。
茶園の適地は「水はけがよい、日当たりがよい、風通しがよい」が理想で、まるで高級住宅地の売り出し文句のようですが、加えて適量の降雨があることが大切です。今夏は雨が少なくそのうち降るだろうと思っている内に茶園はカラカラに乾いてしまいました。水を運んで散水している今の状況はチビチビと金を撒いているようなものです。
加えて酷暑。暑さで樹勢が弱らないよう敷き藁をしたり葉面からの水分蒸発を防ぐため寒冷紗を広げたりと対策に大童です。この気候は平成7年によく似ていて、翌8年は大凶作となり茶価が暴騰しました。そして中国などから安い輸入茶が急増、緑茶飲料いわゆる「水もの」ブームの始まりとなった年でした。
トマトやナスビが収穫期を迎え、家庭菜園が楽しい季節となりました。朝取り朝もぎと言う言葉を聞くだけでみずみずしさを感じますが、新鮮さに加え、なりもの野菜は朝とったものが一番美味しい。昼間に光合成で作られた糖分などは夜の間に”実”に運ばれ蓄えられます。だから最も栄養やうまみ成分に富んで元気なのは朝なのです。
一方ほうれん草やキャベツなどの葉菜類は夕取りの方が美味しい。昼間に光合成で作られた糖分やビタミン類は、夜の間に自分のからだ(葉)を育てるために使われます。朝の葉菜類は、いわば夜勤明けのように疲れた状態だから、朝より夕方に収穫したものの方が美味しいのです。
ほうれん草は夜の間に大きく伸びると言われます。ならば茶の新芽はいつ伸びるのか?それを調べた資料は見つからなかったのですが、葉茶は葉菜類と同じと考えるなら、夜に伸びるはず。つまり茶は朝より夕方に摘んだ方がビタミン類やアミノ酸などが充実していて美味しいと言うことになります。
2001.8更新
魚を得て筌を忘る(荘子)。忘筌とは、目的を達成してもそのために利用したものを忘れてはならないという教えです。茶室「忘筌」(大徳寺孤篷庵)は、小堀遠州の命名ですが、様々な道具に感謝してお茶を頂くことの大切さを伝えています。この筌(うえ)とは、細い竹で編んだ漁具のことで、いわばもんどりの原型。形が茶せんに似ていることから産地の奈良高山では、この字を当て「茶筌」と統一しています。
一方茶道宗家では筌ではなく筅の字を用い「茶筅」と書きます。宋代茶書「大観茶論」に茶を点てる道具として「筅」の作り方が登場しますが、もともと筅(ささら)とは先端の細かく分かれた竹製のほうきを意味し、鍋釜を洗ういわば束子のようなものでした。これが工夫改良され茶筅の原型が出来たと思われます。
茶せんは、形状からすれば筌(うえ)に似た「茶筌」だし、機能からすれば筅(ささら)のように用いる「茶筅」です。ひとつの物に二通りの文字が与えられている珍しい例で、因みに抹茶業界の用い方はバラバラです。
2001.7更新
健康ならお茶摘みに年齢は関係有りません。当園今年の最高齢は80歳日頃はフニャフニャ言っていても、茶摘みになると身も心もシャンとなるのが不思議です。お母さんだと、下の子供が高学年になる40歳位が茶摘みに出やすいようで、ここら辺が一番若い世代です。そして平均年齢は60歳くらい。摘みながらのお喋りは昔の艶ばなしから嫁の悪口、孫の自慢まで。きっと1年間のストレスの解消になっているに違い有りません。
茶園では連休明けの7日から、ペチャクチャお喋りが始まりました。萌芽は平年より2日遅れでしたが、その後の天候に恵まれ、茶摘みも製茶工場(碾茶)もフル運転に入っています。今年は晩生種(おくて)がよく伸びて前倒しの短期集中型の製茶になりそうですが、品質は良好平年作以上を見込んでいます。
新抹茶・・・6月1日から先ず、「小倉山」までを出荷します。「四方の薫」以下は順次挽き上げていきます。・・・・・・
2001.5更新
お茶を飲む世界の文化には、それぞれ独自の茶器がありますが、大小対の「夫婦碗」を使うのは日本人だけなんだそうです。きっと古くから夫唱婦随の象徴だったのだろうと思っていたら、夫婦碗の歴史は以外と新しく、昭和40年ころ、結婚式場が新夫婦に記念品として配ったのが始まりであると、ものの本にありました。
夫婦碗が磁器製なのは素地が白いから。白いと無垢で清潔感がある。絵付けも映えるし茶の色も分かりやすい。ふつうふつう結婚式に陶器や磁器をさけるのは夫婦が割れると困るからだと言われます。そんな縁起を越えて夫婦碗が広く受け入れられたのは「一碗欠ければ、同じ碗で茶をすする」と表現されるようにかえって夫婦円満になって縁起がいいとされたからでしょう。
いわゆるペアグッズで何を思い浮かべるか。社員に尋ねたら、1)位ペアリング2)位ペアウオッチ3)位ペアシューズ・・・・。そして夫婦碗はすっかり忘れられていました。家庭から急須などの茶器が無くなっているらしい。新婚さんにペアカップ緑茶用を贈る運動から始めませんか。
2001.4更新
私はローンが嫌いです。欲しいものがあればお金を貯めてから買うよう、待つことの楽しみを子供達に教えてきました。ところが我が田舎町にも黄色い看板やむじんくんができ、欲しいものを買うためのお金が簡単に借りられるようになりました。「待つ楽しみよりすぐ手に入れられる喜び」は安易な借金に繋がるようで心配です。
テレビで「ハウス栽培の桜」というのを見ました。如月に満開を迎えた桜は何かおかしい。桜は春に咲いてこそ桜であって、そこには春を待つ喜びがあります。同じく静岡でハウス新茶を摘んだとニュースが伝えていましたが、京都の大手某園では今年はなんと1月末に摘んだのです。宣伝のためとはいえ、かくして季節感を失わせ、季節のうつろいに感動する心が失われたいきます。
消費者はせっかちになりました。しかし本当の旬を味わうために「待つ楽しみ」を知っていただきたいのです。今冬は寒くて雪が多い。このような季節のメリハリがしっかりした年は新茶の出来が良いとしたもので楽しみです。
2001.3更新
家計調査年表(総務庁)によると、1世帯あたりの緑茶消費量は昭和50年に2sの大台を割ってから年々減り続け平成11年度は1246cでした。これは1人あたり年間378cにしかなりません。英国人が飲む紅茶が1人年間3.5sだそうですからなんと10分の1という低い数字です。
静岡県掛川市の榛村純一市長は「国民1人がお米100sお茶2s」を提唱しています。農作物の自給率向上は国にとって重要課題、そのために米を食べ緑茶を飲むことから始めようという訳です。一昔前まで1人年間150s(約一石)の米を食べていたし、お茶も一世帯あたり2sならすぐに可能かもしれません。さらに地元の特産品を一品加えようという市長の提案にはとても説得力があります。
通関統計(財務省)によると、11年度の緑茶輸入量は12000トン、平均単価は271円。内9割は中国からの輸入でした。殆どがドリンク原料とはいえ、一国からの輸入に頼る構造はよくありません。国内農業の軽視は思わぬ飢えに繋がるかもしれません。
2001.2更新
早々から蛇の話で恐縮ですが、今年は巳年なのでお付き合い下さい。蛇が活発に動き出すのは一番茶が終わり、ちょうど刈り直し番のころ。茶樹の上でひなたぼっこしていたりして本当にびっくりします。青大将は弱虫なのですぐに逃げ出しますが、毒蛇の類はそうではありません。急に出会うと蝮は噛みつくし、山楝蛇(やまかがし)は、後を追いかけてきます。
近年蛇をよく見るようになったのは、餌の蛙が増えたから。蛙が増えたのは昆虫などが増えたから、昆虫が増えたのは農薬を使わなくなったから、という循環ではないでしょうか。過肥料を控えるなど、茶農業は正しい方向へ戻りつつありますが、一方で発色着味茶が「もはや一部のことではない状況」を憂えねばなりません。
『豚はおだてりゃ木に登る、蛇もおだてりゃ手を叩く。嘘も百回言えば本当になる』しかしますます厳しくなる消費者の目をごまかすことはできません。正しい茶づくりと正しい商い。当社はまじめに茶づくりに励んで参ります。今年も変わらぬご愛顧を賜りますようどうぞ宜しくお願い申し上げます。
2001.1更新